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   (日本の歴史・日本のふるさとを歩く)
[画像] 宿場町を歩く  (No.1 〜 No.10)
   
 
  
  
  
 ”妻籠宿 (つまごじゅく)” を歩く
 妻籠宿 (つまごじゅく)
 中山道42番目の宿場
 長野県:南木曽町
  (撮影 2003.05.31)
 妻籠宿は中山道と飯田街道の分岐点に位置し、古くから交通の要所として栄えた。昭和43年に町並みの保存が始められました。昭和51年に国の重要伝統建造物保存地区に選定される。全長約500mの町並みは、江戸時代にタイムスリップした感じで、どれも当時の面影を残し、懐かしさと郷愁を感じる情緒いっぱいの宿場町となっています。   (信州の旅。COMより)   
(Size :   KB)  清水の舞台を望む(1) 清水の舞台を望む(2)
  
  
  
 藤村 「夜明け前」の舞台 ”馬籠宿(まごめじゅく)” を歩く
 馬籠宿(まごめじゅく)
 中山道42番目の宿場
 岐阜県中津川市
  (撮影 2003.05.31)
 清馬籠宿は、中山道の難路、木曽路の最南端に位置し、宿場町として栄えました。全長600mの石畳の坂道に沿って、軒の低い格子造りの家並みが宿場時代の面影を残しています。明治28年の大火事により江戸時代からの建物は焼けてしまいましたが、町の人達の努力により、当時を彷佛させる町並みを復元させました。文豪・島崎藤村の生まれ故郷としても知られ、名作「夜明け前」の舞台にもなった宿場町です。
  (ウィキペディアより)
(Size :   KB)  清水の舞台と三重塔を望む 清水寺三重塔を望む
  
  
 ”大内宿 (おおうちじゅく)” を歩く
  
 大内宿 (おおうちじゅく)
 重要伝統的建造物群保存地区)
 福島県 南会津郡
  (撮影 2007.04.18)
 大内宿は、全長約450mの往還に沿って、道の両側に妻を向けた寄棟造、茅葺の民家群がほぼ等間隔に建ち並んでいます。伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているものとして、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。1981年(昭和56年)4月18日に、宿場町としては長野県の妻籠宿、奈良井宿に次いで、全国で3番目に選定されています。  (ウィキペディアより)
(Size :   KB)  大内宿を望む(1) 大内宿を望む(2)
  
  
  
  
 木曽路  ”奈良井宿(ならいじゅく)” を歩く
  
 奈良井宿(ならいじゅく)
 木曽路
 中山道34番目の宿場
 長野県 塩尻市
  (撮影 2010.11.20)
 仁和寺(にんなじ)は、京都府京都市右京区御室(おむろ)にある真言宗御室派総本山の寺院です。山号を大内山と称する。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は宇多天皇であります。
 中門仁和寺は光孝天皇の勅願で仁和2年(886年)に建て始められたが、同天皇は寺の完成を見ずに翌年崩御した。遺志を引き継いだ宇多天皇によって、仁和4年(888年)に落成し、「西山御願寺」と称されていましたが、やがて年号をとって仁和寺と号するようになりました。  (ウィキペディアより)
(Size :   KB)  奈良井宿を望む(1) 奈良井宿を望む(2)
  
  
  
  
 信玄と謙信の激戦の地 ”川中島” を歩く
 川中島(かわなかじま))
 古戦場
 長野県 長野市
  (撮影 2003.05.30)
 鹿1553年(天文二十二年)、甲斐の武田信玄に領地を奪われた、須田城主須田満親、長沼城主島津忠直、善光寺大御堂主里栗田寛明らは、上杉謙信に助けを求めました。これを受けて謙信は、天文二十二年から1564年(永禄七年)までの十二年間に、五回にわたって信濃の川中島に出陣し、信玄と激戦を展開しました。これが世に名高い「川中島の合戦」であります。  (ウィキペディアより)
(Size :   KB)  信玄と謙信の像を望む 古戦場跡の風景
  
  
 弁慶と義経 ”安宅の関址 (あたかのせきし)” を歩く
 安宅の関址(あたかのせきし)
 石川県指定史跡
 石川県 小松市
  (撮影 2004.10.10)
 安宅の関</B>(あたかのせき)は、石川県小松市の日本海側にある安宅に守護、富樫氏が設けたと言われる関所です。源義経が武蔵坊弁慶とともに、奥州藤原氏の本拠地平泉を目指して通りかかり、弁慶が偽りの勧進帳を読み、義経だと見破りはしたものの関守・富樫泰家の同情で通過出来たという歌舞伎の「勧進帳」でも有名です。   (ウィキペディアより)   
(Size :   KB)  弁慶と義経像を望む 難関突破の安宅神社を望む
  
  
 小江戸 ”川越 (かわごえ)” を歩く
 川越 (かわごえ)
 歴史的な街並
 埼玉県 川越市
  (撮影 2003.09.28)
 龍蔵造りの商家が軒を並べ、今も江戸情緒を色濃く残す街、「小江戸」の別名を持ちます。多くの観光名所があり、年間30万人の方々がこの街に訪れます。何度来てもいろいろな発見があり、楽しませてくれる街です。
 (ウィキペディアより)
(Size :   KB)  川越のシンボル ”時の鐘”を望む 川越の街案内
  
  
  
 金沢 ”兼六園 (けんろくえん)” を歩く
  
 兼六園(けんろくえん)
 日本三名園
 石川県 金沢市
  (撮影 2004.10.10)
 兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市にある日本庭園です。広さ約3万坪、江戸時代を代表する池泉回遊式庭園として、その特徴をよく残しています。国の特別名勝に指定され、岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで、日本三名園の一つに数えられています。  (ウィキペディアより)
(Size :   KB)  兼六園、園内の風景を望む(1) 兼六園、園内の風景を望む(2)
  
  
  
 水戸 ”偕楽園 (かいらくえん)” を歩く
  
 偕楽園 (かいらくえん)
 日本三名園
 茨城県 水戸市
  (撮影 2003.03.16)
 偕楽園(かいらくえん)は、日本・茨城県水戸市にある日本庭園である。岡山市の後楽園や金沢市の兼六園と並んで、「日本三名園」の一つに数えられる。広さは約13ヘクタール。100種3000本のウメ(梅)が植えられています。
 1999年7月に隣接する千波公園などとあわせて名称を偕楽園公園とし、市街地隣接公園としての面積は合計300ヘクタールとニューヨーク市のセントラルパークに次いで世界第2位の広さであります。  
(ウィキペディアより)
(Size :   KB)  偕楽園園、園内の風景を望む 偕楽園、竹林を望む
  
  
  
  
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