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      ( 寺院・神社の参拝 (東 京) )
  
  
    
[画像] 東京(江戸)の寺院・神社に参拝する(1)
  

  
  
  
  
 
 
  


 <日本の寺院・神社>   東北   北関東   東京    南関東   甲信越   北陸   東海   近畿   中国   四国   九州





 1.渋谷区 代々木 ”明治神宮” に参拝する
 
     
 明治神宮
 (めいじじんぐう)
 神社・寺院
 東京都 渋谷区
 (撮影 2010.11.28)
 明治神宮(めいじじんぐう)は、東京都渋谷区にある神社で、明治天皇と昭憲皇太后を祭神としています。
 初詣では例年日本一の参拝者数を誇る神社です。正式な表記は「宮」の「呂」の中間の線が入らない「明治神?」とのことです。

  明治神宮の境内はそのほとんどが全国青年団の勤労奉仕により造苑整備されたものです。深い杜の木々は全国よりの献木が植樹されました。また、本殿を中心に厄除・七五三などを祈願を行う神楽殿、「明治時代の宮廷文化を偲ぶ御祭神ゆかりの御物を陳列する」宝物殿、「御祭神の大御心を通じて健全なる日本精神を育成する」武道場至誠館などがあります。
 22万坪(約73ヘクタールに及ぶ広大な神域は、江戸時代初めには肥後藩藩主・加藤家の別邸であり、寛永17年(1640年)より彦根藩藩主・井伊家の下屋敷となっていた所です。この土地を1874年(明治7年)、井伊家から政府が買い上げ南豊島御料地となっていた場所です。
   (ウィキペディアより)
(Size :    KB) 明治神宮、”南神門”を望む 明治神宮、”拝殿”望む



明治神宮、参道入口の鳥居(第一鳥居)を望む


明治神宮、”三の鳥居”を望む。これより先は社殿の神聖な場所になります


明治神宮にて


明治神宮、拝殿にて


明治神宮にて






 2.千代田区 神田 ”神田明神(神田神社)” に参拝する
 
     
     
 神田明神
 (かんだみょうじん)
 神社・寺院
 東京都 千代田区外神田
 (撮影 2015.03.28)
  神田明神(かんだみょうじん)は、東京都千代田区外神田二丁目に鎮座する神社で、正式名称は「神田神社」です。神田祭をおこなう神社として知られています。
 神田・日本橋(日本橋川以北)・秋葉原・大手町・丸の内・旧神田市場・築地魚市場など108か町会の総氏神です。

  神田明神は社伝によれば、天平2年(730年)、武蔵国豊島郡芝崎村に入植した出雲系の氏族が、大己貴命を祖神として祀ったのに始まるとのことです。神田はもと伊勢神宮の御田(おみた=神田)があった土地で、神田の鎮めのために創建され、神田ノ宮と称したとのことです。      (ウィキベテアより)
 
(Size :    KB) 神田明神、”鳥居から隋神門”を望む 神田明神、”拝殿”を望む



神田明神、”隋神門”を望む


神田明神、”拝殿”を望む。当日(3月下旬)は結婚式が行われていました


神田明神境内にて。左側は隋神門です


神田明神、境内を望む


山神田明神、開運招福 ”だいこく様尊像”を望む






 3.港区 芝公園 ”増上寺” に参拝する
 
     
     
 増上寺
 (ぞうじょうじ)
 寺院・神社
 東京都 港区芝公園
 (撮影 2015.02.14)
  増上寺(ぞうじょうじ)は、東京都港区芝公園四丁目にある浄土宗の寺院です。山号は三縁山。三縁山広度院増上寺(さんえんざん こうどいん ぞうじょうじ)と称しています。

 徳川家康が江戸入府の折、たまたま増上寺の前を通りかかり、源誉存応上人と対面したのが菩提寺となるきっかけだったといわれています。貝塚から、一時日比谷へ移った増上寺は、江戸城の拡張に伴い、慶長3年(1598年)、家康によって現在地の芝へ移されました。     (ウィキペディアより)
(Size :  2,962KB) 増上寺、”大殿”を望む 増上寺、重要文化財 ”三解脱門”を望む




増上寺、”三解脱門 (国の重要文化財に指定)”を望む


増上寺、境内より ”大殿と東京タワー”を望む


増上寺、徳川将軍家墓所 ”鋳抜門”を望む


増上寺、”旧方丈門(黒門)”を望む






 4.大田区 池上 ”池上本門寺” に参拝する
 
     
     
 池上本門寺
 (いけがみほんもんじ)
 寺院・神社
 東京都 大田区 池上
 (撮影 2015.03.22)
 池上本門寺(いけがみほんもんじ)は、東京都大田区池上にある日蓮宗の大本山です。古くより池上本門寺と呼ばれてきました。また日蓮聖人入滅の霊場として日蓮宗の十四霊蹟寺院のひとつとされ、七大本山のひとつにも挙げられています。

  弘安5年(1282年)9月8日、病身の日蓮は身延山を出て、湯治のために常陸(茨城県)へ向かう。9月18日に武蔵国池上郷(東京都大田区池上)の池上宗仲の館に到着。生涯最後の20数日間を過ごすこととな、同年同月に、池上氏館の背後の山上に建立された一宇を日蓮が開堂供養し、長栄山本門寺と命名したのが池上本門寺の起源とされています。
 同年10月13日に日蓮が没すると、池上宗仲は法華経の字数(69,384)に合わせて六万九千三八四坪を寺領として寄進し寺院の基礎が築かれました。以来「池上本門寺」と呼ばれています。     (ウィキペディアより)
(Size :    KB) 池上本門寺、”五重塔”を望む 池上本門寺、”大堂(祖師堂)”を望む




池上本門寺、”此経難持坂”を望む。池上本門寺の表参道96段の石段坂です


池上本門寺、”仁王門”を望む。その先が大堂(祖師堂)になります


池上本門寺、仁王門より ”大堂(祖師堂)”を望む


池上本門寺、”五重塔”を望む






 5.豊島区 巣鴨 ”とげぬき地蔵(高岩寺)” に参拝する
 
     
     
 とげぬき地蔵
 (高岩寺 こうがんじ)
 寺院・神社
 東京都 豊島区巣鴨
 (撮影 2004.01.31)
  高岩寺(こうがんじ)は東京都豊島区巣鴨にある曹洞宗の寺院です。本尊は地蔵菩薩(延命地蔵)で、一般にはとげぬき地蔵の通称で知られています。
 「とげぬき地蔵」の由来は、江戸時代に毛利家の女中が針を誤飲した際、地蔵菩薩の尊影の写し(御影・おすがた)を飲み込んだ所、吐き出した御影に針が刺さって吐き出すことができ、これにより「とげぬき地蔵」と言われるようになったとのことです。

 とげぬき地蔵尊は、 「おばあちゃんの原宿」といわれ、年間800万人の参拝客が訪れる仏教寺院となっています。     (ウィキペディアより)
(Size :    KB) とげぬき地蔵尊 (高岩寺)にて おばあさんの原宿、巣鴨地蔵前商店街にて




”とげぬき地蔵尊 (高岩寺)”にて(1)


”とげぬき地蔵尊 (高岩寺)”にて(2)


”とげぬき地蔵尊 (高岩寺)”にて(3)






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