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    (奈 良 : 飛 鳥 路 、大 和 路)
  
  
    
[画像]   国の特別史跡 ”高松塚古墳” を訪れる
  
  
  
  
  
  
 奈良 飛鳥路 ”高松塚古墳” を訪れる
 
 高松塚古墳
 (たかまつづかこふん)
 (飛鳥路)
 古墳 国の特別史跡
 (1973(昭和48)年指定)
 奈良県 高市郡明日香村
 (国営飛鳥歴史公園内)
 (撮影 2015.05.02)
 高松塚古墳(たかまつづかこふん)は、奈良県高市郡明日香村(国営飛鳥歴史公園内)に存在する古墳です。藤原京期(694年~710年)に築造された終末期古墳で、直径23m(下段)及び18m(上段)、高さ5mの二段式の円墳です。1972年に極彩色の壁画が発見されたことで一躍注目されるようになりました。
 2009年に本来の形状に復元され、一般に公開されています。     (ウィキペディアより

(Size : 1,960KB) 
高松塚古墳を望む 高松塚壁画館を望む



 ”高松塚古墳” に入場する
 
■ ”星空の広場”を望む(1) ■
 ”星空の広場”を望む(2) 
  
 


 国の特別史跡 ”高松塚古墳” を望む
 
■ 高松塚古墳を望む ■
高松塚古墳現地案内板です。 (◇カーソルセットで拡大表示されます)
【高松塚古墳とは)】
 高松塚古墳は、7世紀末から8世紀初頭にかけて築造された終末期古墳で、直径23m(下段)及び18m(上段)、高さ5mの二段式の円墳です。当初は、盗掘を逃れて残っていた銅鏡などから7世紀末から8世紀初めの終末期のものと推定されていましたが、2005年の発掘調査によって、藤原京期(694年~710年)の間と確定されました。
  被葬者は特定されておりません、
     1.天武天皇の皇子説、
     2.臣下説、
     3.朝鮮半島系王族説
  の3つが主な説となっています。
1972年に極彩色の壁画が発見されたことで一躍注目され、その壁画は教科書等でもお馴染みとなっています。      (国営飛鳥歴史公園HPより)
  


 高松塚古墳 古墳近くに風景
 
■ 高松塚古墳、周辺の風景です。右側に古墳があります ■
  
高松塚古墳、周辺の風景です。左側に古墳があります。古墳の造られたん1400年前から緑多き場所であったのでしょうか


【高松塚古墳、発見の経緯】

 1962年頃、明日香村檜前の村人がショウガを貯蔵しようと直径役60cmの穴を、現在の墳丘南側に掘ったところ、穴の奥で擬灰岩の四角い切石が見つかったことが発端となりました。
その後、1970年に古墳近くに遊歩道設置のための調査が必要となり、奈良県立橿原考古学研究所に発掘調査を依頼しました。
1972年3月に末永雅雄所長指揮の下、関西大学の網干善教助教授を中心とした関西大学と龍谷大学の研究者・学生グループによって高松塚古墳の発掘調査が始まりました。

発掘開始から間もない3月21日には極彩色の壁画が発見されました。
古墳自体は鎌倉時代頃に盗掘を受けており、石室の南壁には盗掘孔が開けられていましたが、壁画の彩色は鮮やかに残り、盗掘をまぬがれた副葬品の一部もこの時検出されました。
極彩色壁画の出現は考古学史上まれにみる大発見として、26日に新聞に発表され、日本中でトップニュースとなりました。             
     (国営飛鳥歴史公園HPより)



  
   サイクリングがし易い様に駐輪所など丁寧な案内板です     国営飛鳥歴史公園、高松塚古墳地区の碑です           古墳の近くにあります。「星宿の広場」案内です


 高松塚壁画館 ”飛鳥美人(西壁女子群像)” を訪れる
 
■ 高松塚壁画館全景です ■
  
高松塚壁画館:西壁女子群像、入場券とパンフレットです
  
飛鳥美人:西壁女子群像 (高松塚壁画館内は撮影禁止です。写真はウィキペディアより複製したものです)
高松塚壁画館にて
 


  国の特別史跡 ”高松塚古墳” 案内
 
【 飛鳥美人について 】  -ウィキペディアより-
  
 高松塚古墳の壁画は石室の東壁・西壁・北壁(奥壁)・天井の4面に存在し、切石の上に厚さ数ミリの漆喰を塗った上に描かれている。壁画の題材は人物像、日月、四方四神および星辰(星座)である。東壁には手前から男子群像、四神のうちの青龍とその上の日(太陽)、女子群像が描かれ、西壁にはこれと対称的に、手前から男子群像、四神のうちの白虎とその上の月、女子群像が描かれている。男子・女子の群像はいずれも4人一組で、計16人の人物が描かれている。中でも西壁の女子群像は(壁画発見当初は)色彩鮮やかで、歴史の教科書をはじめさまざまな場所でカラー写真が紹介され、「飛鳥美人」のニックネームで親しまれている。人物群像の持ち物が『貞観儀式』にみられる元日朝賀の儀式に列する舎人ら官人の持ち物と一致する。この元日朝賀の儀式には日月・四神の幡も立てられる。

 奥の北壁には四神のうちの玄武が描かれ、天井には星辰が描かれている。南壁には四神のうち南方に位置する朱雀が描かれていた可能性が高いが、鎌倉時代の盗掘時に失われたものと思われる。天井画は、円形の金箔で星を表し、星と星の間を朱の線でつないで星座を表したものである。中央には北極五星と四鋪四星(しほしせい)からなる紫微垣、その周囲には二十八宿を表す。これらは古代中国の思想に基づくもので、中央の紫微垣は天帝の居所を意味している。
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■ サイクリングで観光を楽しむ。正面を進むと高松塚古墳があります ■
  
  亀石、なんとなくひょうきんな顔立ちと思いました (高松塚古墳~橘寺にて)
※亀石と呼ばれる石造物は、いつ何の目的でつくられたのか明らかではないが、川原寺の四至(所領の四方の境界)を示す標石ではないかという説がある。
  
亀石のお店(休息所)にて 亀石の案内石です。上記内容が書かれています 室高松塚壁画観前にて 亀石から橘寺に進みます
 
 
  
 
google!地図より google!地図より(■カーソルセットで写真表示) google!地図より(■カーソルセットで写真表示)
  
 
 
           
後   記   
 高松塚古墳については飛鳥美人が発見された程度の知識しかありませんでした。発見当時、新聞・雑誌で見る写真に、高松塚古墳というのはどういうところに有るのか興味深々でした。

 高松塚古墳は、自然に囲まれた緑豊かな丘陵地帯に有りました。西暦700年前後に造られたとのことですが、1300年近くこのような環境の中に有り続けたのかなとしみじみと感じました。

 高松塚壁画館がすぐ隣に有りましたが、もっとずっと離れた所に有っても良いのではと思いました。本当は静かにそっとしてあげたい気持ちになりました。  (
2015/10/15)

 
  
  
  
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