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      ( エジプト共和国 )
  
  
    
[画像] 世界文化遺産 ”アブシンベル大神殿” を訪れる
  
  
  
  
  
 
 
  
 <エジプト世界遺産>   アブシンベル神殿    ピラミッド    古代都市テーベ    カイロ





 1.エジプト ”アブシンベル大神殿 (巨大ラムセスU世座像)” を散策する
 
     
     
 アブシンベル神殿
 (あぶ・しんべるしんでん)
 世界文化遺産
 「アブシンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」として
 1972年11月登録(世界遺産条約成立)
 エジプト南部、スーダンとの国境近く
 (撮影 2016.11.21)
 アブシンベル大神殿は、新王国時代第19王朝の王であり、建築王の名で馳せたラムセス2世が建立した神殿です。
 古代エジプト神殿建築の最高傑作といわれるアブシンベル大神殿は、ナイル川にせり出した岩山を掘削して造られた岩窟神殿で、神殿正面には高さ約22mもあるラムセス2世の座像が4体並び、足元には彼の母や王妃、息子、娘などの小さな立像があります。

  神殿内部の最奥部にある至聖所には、4人の神像が祀られています。向かって右から太陽神ラー・ホルアクティ、神格化されたラムセス2世、王の守護神アメン・ラー、メンフィスの守護神プタハです。
 これらの像は、年に2回、朝日によって照らし出されるように設計されており、神殿入り口から至聖所まで一直線に伸びる陽光は神秘的です。
 ちなみに、左端のプタハ神は地下に住んでいる神であるため、光が当たらないようになっています。古代エジプトの人々の緻密に計算されて設計には驚くばかりです。
   (世界遺産オンラインガイドより)   
(Size : 3,598KB) アブシンベル大神殿、ラムセスU世増を望む アブシンベル大神殿、ラムセスU世像の足元のレリーフです






 2.エジプト ”アブシンベル大神殿” にて(1)
<世界遺産の始まり(1/2)>

 1960年エジプト・ナイル川流域にアスワン・ハイ・ダム建設計画が持ち上がります。
ナイル川流域は、古代より頻繁に氾濫していました。しかし、そのおかげで流域は肥沃になり、古代エジプト人によって一大文明が築かれました。

 ところが、近代になると度重なる洪水により、流域の人々の生活に支障をきたすようになり、ダム建設は避けられない状態になりました。
しかし、ダムが完成し、このまま放置することになればアブ・シンベル大神殿、イシス神殿に代表されるヌビアの遺跡群が水没することになります。この祐久の歴史を伝える遺跡を護るため立ち上がったのが、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)でした。   
(つづく)
 
 
 
アブシンベル大神殿を望む
 
 
アブシンベル神殿、上部左側の彫刻です アブシンベル神殿、上部右側の彫刻です
   
 3.アブシンベル大神殿 ”神殿入口” を望む
<世界遺産の始まり(2/2)>

 ユネスコは、ヌビア遺跡救済事業として、世界各国に協力を呼びかけます。そして、呼びかけに応じた多くの国々の協力により、ヌビアの遺跡群は水没を免れることになります。
 この事業の成功がきっかけとなり、歴史的価値のある遺産を一つの国家のみならず全世界共通の遺産として、地球全体で保護・保全するという考えに発展していくことになります。
それが、1972年に誕生した世界遺産条約「世界遺産」です。   
     (世界遺産オンラインガイドより)
           
 
アブシンベル大神殿、入口を望む。入口の左右の像は愛妃ネフェルタリです。
 
 
アブシンベル大神殿、入口左側にあります壁画です アブシンベル大神殿、入口右側にあります壁画です
上のレリーフは上・下エジプト統合を示しているとのことです。ナイル河を神格化したハピ神が蓮の花とパピルスを中央で結んでいます。
蓮の花は上エジプトの象徴でパピルスは下エジプトの象徴です。 
(遺跡ときとき猫HPより)
神殿内部は、高さ10mのラムセスU世像が左右に立っています。(この先は撮影禁止です)
 
 
 






 4.アブシンベル大神殿 ”ラムセスU世の座像” を望む
 

アブシンベル大神殿、ラムセスU世の座像を望む。座像の高さは22mとのことです
ラムセスU世座像、右肩部分のアップです
 
ラムセスU世の座像を望む ラムセスU世の座像を望む
 
 5.エジプト ”アブシンベル大神殿” にて(2)
 
ラムセスU世像の足元にある子供たちの像です
 
 
     
   
ラムセスU世像の足元に広がるレリーフです
   
 






 6.エジプト ”アブシンベル大神殿” にて(3)
 
ラムセスU世像の足元には、愛妃ネフェルタリや子供達の像が刻まれています。
ラメセス2世は多くの妻との間に92人の王子と102人の王女をもうけたと言われています
 
 
アブシンベル大神殿、入口右側の様子です   
 7.エジプト ”アブシンベル大神殿” にて(4)
 
アブシンベル大神殿入口です。左右の像は愛妃ネフェルタリです。
ネフェルタリ(ネフェルティ)という名前は、「美人の中の美人、最高の美女」とのことです
 
 
神殿、入口の右側の様子です アブシンベル大神殿にて
ラムセスU世像の足元です ラムセスU世像の足元のレリーフです 正面入り口右手にありますアジア諸国の捕虜達の壁画です
   
アブシンベル神殿の案内板です
アブシンベル神殿入場口より、神殿方面を望む アブシンベル神殿入場口付近にて アブシンベル大神殿前にて アブシンベル神殿の入場券です
google地図より google地図より(■カーソルセットで写真表示) google!地図より(■カーソルセットで写真表示)
   
 
  (後 記)  
       
   アブシンベル大神殿の内部は、写真撮影は禁止されており、自分の目に焼き付けておこうと見てきました。時代感覚は完全に忘れ見入ってきました。ただあそこの何々はすごいとかの記憶より、ただただ圧倒され感動の記憶、ものすごいという思いだけが残りました。各部屋のレリーフ一枚一枚驚かされるばかりでした。

 神殿の一番奥の至聖所にはラメセス2世を含めた4体の坐像があります。右からラー・ホルアクティ、ラメセス2世、アメン神、プタハ神です。年に2回、2月と10月に、神殿に差し込む朝日が神像を数分間照らし出すとのことです。しかも、闇の神であるプタハ神だけには陽がささないようになっているとのことです。当時の天文学、建築技術の高さがうかがえます。またこういう事象を守るために神殿移築時には再現できるように綿密な計画をたて、行われたことが伺えます。

 正面から見る神殿の所々に石の積み上げた溝の見えるところがありました。人間の力で60mも移動し建築した神殿にはとても見えませんでした。ただ帰り際、入場口(神殿後ろ側)から振り返って神殿を見上げた時、神殿上部は、日本の城の石垣のような状態が見えました。このような形になっても神殿が生き延びたのことは凄いことだと思いました。

 大満足の一日を過ごすことが出来ました。ツアー会社(HIS)の頑張りに感謝します。 (2017.5.10)

 
     
 







  お気に入り写真




アブシンベル大神殿を正面入口上部の中心にあります、太陽神ラー・ホルアクティを望む。太陽神ラーは日輪を頭にしています。
アブシンベル大神殿は、太陽神ラー・ホルアクティに捧げ神殿です。




アブシンベル大神殿入口前の広場にありました




アブシンベル大神殿、正面入口の壁にあります、パピルスでつながれた捕虜達の壁画です




アブシンベル神殿の眼の前に広がる、ナセル湖(アスワン・ハイ・ダム)を望む。大神殿は湖面より、60m下にあったとのことです



アブシンベル大神殿、ラムセスU世の座像の足元を望む







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