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[画像]  世界文化遺産 タラゴナ”考古遺産群” を散策する (1)
  
  
  
  
  
 
 
  


 1.タラゴナ ”考古遺産群” を散策する (No.1)
 
 タラゴナ考古遺産群
 世界文化遺産
 「タラゴナ考古遺産群」として2000年に登録
 スペイン カタルーニャ州
 タラゴナ県(の県都)
 (撮影 2016.07.19)
 タラゴナ(Tarragona)は、スペイン・カタルーニャ州タラゴナ県のムニシピ(基礎自治体)です。タラゴナ県の県都であり、タラグネス郡の中心自治体となっています。レウスなど近郊の都市を含めたタラゴナ都市圏の人口は約34万人、地中海に面した港湾都市で、物流の要所となっています。

 古代ローマ時代に築かれ、今でも水道橋や円形競技場などの遺跡が残り、世界遺産に登録されています。遺跡のために観光客も多く訪れています。近隣の都市としては、約80キロ東にバルセロナ、200キロ北西にサラゴサが位置しています。
            (ウィキペディアより) 
(Size : 3,061KB) タラゴナ、考古遺跡を望む タラゴナ、エーゲ海のバルコニーにて


 
 2.タラゴナ ”考古遺産群” を散策する (1)
 
【タラコの地名について】

  タラゴナはローマ人がこの地に入ってくる以前は、イベリア王国の古代都市コッセと呼ばれていました。
 紀元前218年、ローマ軍によって占領されると、「タラコ」とその名を改めます。その地理的条件から、たちまちタラコは古代ローマ帝国によるイベリア半島侵略の要衝となり、半島最大の都市へと発展します。バルセロナよりも南西へ下がるとは言え、地中海に面したローマの延長線上にある都市とみなされ、ローマと同じ特権を与えられていました。
     
(世界遺産指定都市機構 サイトより)

 
 
■ トーレ・デ・ラスモンジャスを望む。高さは18メートルとのことです(プレトリとシルクローマにて) ■
シルクローマの入り口を望む
■ タラゴナ、ローマ遺跡を望む ■
 


 
 3.タラゴナ ローマ遺跡 ”サーカス跡(楕円闘技場)” を望む
 
”EL CIRC ROMA(ローマのサーカス)楕円闘技場”跡を望む
 
”EL CIRC ROMA(ローマのサーカス)”の案内板です
”EL CIRC ROMA(ローマのサーカス)楕円闘技場”跡を望む
【古代ローマのサーカスについて】

 古代ローマの「サーカス」とはいわゆる現代の“サーカス”ではありません。古代ローマで複数頭立て馬車による戦車競走が行なわれた競馬場(羅: circenses(キルケンセス)、現代でいうサーキット、レース場)です。
 ここからこの言葉では拡大して、闘技場で行われた剣闘士試合などを含めたスポーツ観戦などの意味で用いられています。


 パンとサーカス(羅: panem et circenses)は、詩人ユウェナリス(西暦60年 - 130年)が古代ローマ社会の世相を揶揄して詩篇中で使用した表現です。権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを指摘した。パンと見世物ともいわれています。
 愚民政策の例えとしてしばしば用いられる名言であり警句であります。  
(世界遺産指定都市機構 サイトより)
 


 4.タラゴナ ”考古遺産群” を散策する (2)
 
■ タラゴナ、城内の様子を望む。正面奥に遺跡が見えます ■
タラゴナの考古学博物館の入り口です
タラゴナ、城内の様子を望む
 


 5.タラゴナ ”考古遺産群” を散策する (3)
 
 
 
タラゴナ考古学博物館(ローマ遺跡)より、市街を望む
タラゴナの「考古学博物館」前にて。世界遺産登録の案内板は古代ローマ時代の地名、「タラコTarraco」です
     
タラゴナ、市街にて。左はローマ時代のプレトリ(長官公邸)考古学博物館になります
 
 


 6.世界文化遺産 ”タラゴナ考古遺跡群” 案内
 
 
【タラゴナについて】

 ローマ人がこの地に潜入してくる以前、タラゴナの町はイベリア王国の古代都市コッセと呼ばれていました。
紀元前218年、ローマ軍によって占領されると、「タラコ」とその名を改めます。

 街の規模としては、紀元前1世紀には既に人口100万人を超えていたと言いますから、いかに当時としては大きな都市だったかが想像出来るでしょう。アウグストゥスやハドリアヌスなどのローマ皇帝が好んでタラコを訪れたそうです。またこの頃から、現在観光名所として知られる遺跡群が徐々に築かれ始めます。まず城壁、その後劇場や公共広場、円形競技場、そして2世紀の前半には円形闘技場が出来上がります。

タラコの町は700年以上もの間、ローマ植民地としてこの地に君臨し、早くからキリスト教ももたらされていました。しかしローマ帝国崩壊後は、5世紀には西ゴート族、8世紀にはモーロ人によって滅ぼされ、イスラム教徒も入ってきました。ローマ時代に輝いた町の栄光は、多くのスペインの他の都市と同じく、徐々に活気溢れるトレドへと譲らなければならなくなるのです。    (世界遺産指定都市機構 サイトより) 

         
 

タラゴナ市役所(Ayuntamiento de Tarragona)を望む

タラゴナの街の様子です。サン・ドゥメネク通りにて
タラゴナ、エーゲ海を望む。左の世界遺産案内板には古代ローマ時代の「タラコTarraco」と記載されていました
  
   
  
タラゴナ、世界遺産登録案内板 タラゴナ、プレトリ(長官公邸)を望む タラゴナ、エーゲ海のバルコニーにて タラゴナ、ローマ遺跡を望む
  
Google Mapより(■カーソルセットで写真表示) Google Mapより(■カーソルセットで写真表示) Google Mapより(■カーソルセットで写真表示)
  
 
 
 
( 後   記 )

  タラゴナの観光は、ローマ水道橋(ラス・ファレラス水道橋)を散策し、昼食前に地中海のバルコニーの展望台で真っ青な空と海の地中海を堪能しました。そしてレストランで昼食をとり、その後の30分ほどが自由時間でした。

 紀元前1世紀には100万人の都市で有ったこの地は、ローマ帝国(ローマ遺跡)のすごさを感じました。

 考古学博物館の入り口まで行ったのですが、残り時間が15分、時間が・・・・残念無念! タラゴナの遺産群は、ローマ時代の遺産、中世の遺産をじっくりと時間をかけ、見て回りたいと思いました。                                                    
(2016/8/20)
 
 
 
タラゴナの”石垣”です。歴史の重みを感じさせる石垣です

タラゴナの古代遺跡群を望む
タラゴナ、ローマ遺跡”円形競技場”を望む
 
  
  
  
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