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[画像]  世界文化遺産 グラナダ ”アルハンブラ宮殿” を散策する (1/2)
  
  
  
  
  
 
 
  


 1.グラナダ ”アルハンブラ宮殿” を散策する
 
 アルハンブラ宮殿
 世界文化遺産
 「タ”グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン”」として1984、1994年に登録
 スペイン アンダルシア州
 グラナダ県グラナダ市
 (撮影 2016.07.18)
 アルハンブラ宮殿(アルハンブラきゅうでん、スペイン語: la Alhambra ラランブラ)は、スペインのアンダルシア州グラナダ県グラナダ市南東の丘の上に位置する城塞・宮殿です。

 ウマの背のような形をした丘は頂上部が長さ 740 m 、幅 205 m にわたって平坦になっており、夏場非常に暑いと言われるグラナダの中でもとても涼しい場所に位置しています。
宮殿と呼ばれているが城塞の性質も備えており、その中に住宅、官庁、軍隊、厩舎、モスク、学校、浴場、墓地、庭園といった様々な施設を備えていました。その大部分はイベリア半島最後のムスリム政権・ナスル朝の時代に建設され、スルタン(王)の居所として用いられていました。
            (ウィキペディアより) 
(Size : 5,060KB) アルハンブラ宮殿、アルカサバを望む ”ライオン宮(獅子の中庭)”にて


 
 2.グラナダ ”アルハンブラ宮殿” を散策する (1)
 
【アルハンブラ宮殿について】

  アルハンブラ宮殿は、イベリア半島におけるイスラム最後の首都、グラナダの街を見下ろす東の丘の上にあります。「アンダルシアの宝石」とたとえられ、世界文化遺産に登録されています。グラナダの歴史はこの宮殿の歴史とともにありました。               
 アルハンブラとはアラビア語のアル=カルア・アル=ハムラーが語源で、「赤い城塞」を意味します。                            丘周辺の赤い土、煉瓦の色、建築当時のかがり火の赤く燃えるさま、グラナダを首都としたナスル朝最初の王のあだ名が、アル・ハマール(赤)だったことからなどなど、赤と呼ばれた由来にはさまざまな諸説が入り乱れています。
     
(ウィキペディアより)

 
 
■ アルハンブラ宮殿、入場券売り場です。1日の入場者制限があるためたくさんの人が並んでいました ■





アルハンブラ城宮殿の入り口です
アルハンブラ宮殿内を望む サンタ・マリア・デ・ラ・アルハンブラ教会を望む
■ アルハンブラ宮殿、アルカサバを望む ■
 


 
 3.アルハンブラ宮殿 ”カルロス5世宮殿” にて
 
”カルロス5世宮殿”への入り口です。カルロス5世宮殿は16世紀に建てられた宮殿です
 
カルロス5世宮殿の中庭は、上部開口部は直径30m、中庭全体の直径は42mとのことです
カルロス5世宮殿の中庭は、古代ローマの円形コロシアムを思わせる趣があります
【カルロス5世宮殿について】

 アルハンブラ宮殿の敷地内に、趣を異にするどっしりとした建物があります。それが「カルロス5世宮殿」です。15世紀末にキリスト教の連合王国がグラナダを奪還した後、16世紀にキリスト教徒によって建築された宮殿です。キリスト教国スペイン国王であるカルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)が、帝国支配の中心地をアルハンブラにしようと考え、イスラム建築の建物をいくつか取り壊し、そこに建築を進めた宮殿とのことです。
 国王の存命中に完成することはなく、実際に居住することは叶いませんでした。現在も未完成のまま残されている宮殿となっています。
 カルロス5世宮殿は、スペインにあるイタリア様式建築の最高傑作と言われています。  
(ヨーロッパ個人旅行μ サイトより)
 


 4.グラナダ ”アルハンブラ宮殿” を散策する
 
■ 宮殿からの眺めです ■
宮殿内にはお花がいたるところで咲いています
アルハンブラ宮殿、アルカサバを望む
アルハンブラ宮殿への入場です
    メスアール(政庁)の間、木の欄干を望む
 


 5.アルハンブラ宮殿 ”コマレス宮” にて
 
■ アラヤネスの中庭と北側列柱を望む。 背後の塔は、高さ50mのコマレスの塔です ■
アラヤネスの中庭と北側列柱を望む。池には”水鏡”の技法が使われているとのことです

コマレス宮は1348年の創立で、外交と政治の場でした。アラヤネスの中庭の美しさを引き立てるのは「水鏡」という、水面に建物の姿を映し出す技法です。正面から見て水が建物の土台スレスレに来るよう配し、まるで建物が水の上に浮いているような錯覚が楽しめます。                                 (joyphoto.com HPより)

アラヤネスの中庭と南側列柱を望む
 
 
メスアールの中庭南側(コマレス宮ファザード)を望む







     
 
 



 6.アルハンブラ宮殿 ”ライオン宮(獅子の中庭)” にて
 
  (スルタンの居住空間、ライオン宮)  

中庭は124本の白大理石の列柱で囲まれています
中央の12頭のライオン像の口から水が流れ、まわりの4箇所の部屋へ水が流れるようになっています
中央の12頭のライオン像の口から水が流れて来ています ライオンはあわせて12頭です
ライオンとは思えなほど、愛嬌があります
     
 


「2姉妹の間」の天井.。モカラベスと呼ばれる鍾乳石飾りが施され、八角形になっています。
天窓から光が彫刻に反射し輝くようになっています









二姉妹の間にある鍾乳石の天蓋と壁面は圧巻です
 
アラベスク(モスクの壁面装飾)で埋め尽くされています
 
 


 7.世界文化遺産 グラナダ ”アルハンブラ宮殿” 案内
 
 
【アルハンブラ宮殿について】

 アルハンブラは構造的には一つの城塞都市となっています。当初から全体の形が計画されていたのではなく、異なる時代に建てられた様々な建築物の複合体となっています。そのため時代により、建築様式や形状などが異なっています。

 その前半はムーア人王朝の栄枯盛衰と共にあり、9世紀末イベリア半島南部を版図としていた後ウマイヤ朝末期の、アルカサーバと呼ばれる砦が原形であると言われています。これは、アラブ人が農民の反乱軍からの防御壁として築いたとのことです。

 イスラム教徒がイベリア半島に進出する前8世紀初頭まで、この地は西ゴート王国の支配下にありました。711年、ウマイヤ朝の北アフリカ総督であるムーサー・イブン・ヌサイルが武将ターリクに命じ、トレドまでを占領。その後数年で、イベリア半島全域がイスラーム圏となりました。
 この地に、最初に栄えたのが後ウマイヤ朝ですが、このときの都はまだコルドバであり、グラナダの丘の上には軍事要塞アルカサーバだけが建てられていました。現在、アルハンブラの最も西の部分であります。      (ウィキペディアより) 

         
 


宮殿からはアンダルシアの白い家と城壁が望めます




アルハンブラ宮殿、入り口にありました
アルハンブラ宮殿の案内版です。(◆カーソルセットでアルハンブラ宮殿の平面図(神谷武夫氏HPより)が表示されます)
 
ライオン宮、リンダラハのバルコニー。アラベスク(モスクの壁面装飾)で埋め尽くされたいます
  
アルハンブラ宮殿の入場券です アルハンブラ宮殿の案内板です アルハンブラ宮殿にて アルハンブラ宮殿の城壁を望む
  
Google Mapより(■カーソルセットで写真表示) Google Mapより(■カーソルセットで写真表示) Google Mapより(■カーソルセットで写真表示)
  
 
 
 
( 後   記 )

  アルハンブラ宮殿については、小学生時代に聞いた、”アルハンブラの思い出”の美しい旋律と場所はスペインにあることぐらいでした。また、ギターでこんなことができるんだと記憶に強く残っています。優雅で美しく、郷愁を誘うようなメロディは今も大好きな曲となっています。

 アルハンブラ宮殿は、イスラム教、キリスト教と様々な歴史の流れの中、立ち続けてきた宮殿とのことです。宮殿で最初に見学したのがカルロス5世宮殿です。16世紀のキリスト教時代のものとのこと、曲のイメージが強すぎたのか何かやはりアルハンブラの建物としては異質な感じがしました。
 しかしコマレス宮、ライオン宮の繊細なアラベスク(モスクの壁面装飾)の美しさにはイスラム文化のすごさを感じました。

 宮殿見学中、なぜか”アルハンブラの思い出”の旋律が頭の中を駆け巡っていました。                                        
(2016/9/3)
 
 
 
アルハンブラ宮殿にて
アルハンブラ宮殿 ”ライオン宮(獅子の中庭)”を望む
”アルハンブラ宮殿”を望む
 
  
  
  
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