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[画像] 世界文化遺産 シルクロード : 長安=天山回廊の交易路網   中国  トルファン ”高昌古城” を訪れる
  

  
  
  
  
 
 
  
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 1.中国 トルファン 都市遺跡 ”高昌故城” を訪れる (C05)
 
     
 高昌古城
 (こうしょうこじょう)
 世界文化遺産
 「シルクロード : 長安=天山回廊の交易路網」
 (2014年に登録)

 中国 新疆ウイグル自治区 トルファン
 (撮影 2017.06.25)
 高昌故城は古代高昌王国の都があった土地です。故城の歴史は古く、紀元前一世紀にはすでに城壁が建てられ、その後1300年以上も存在していました。それから13世紀末の戦乱の世に倒壊したが、その輪郭が2000年以上過ぎた今も火焔山のふもとに残っています。
 また、唐の時代には西州都護府、さらには西ウイグル王国の都城と、時代ごとに中心的な位置を占めていました。ここには仏教、景教、マニ教など様々な宗教の遺跡も残っています。
 唐代に玄奘三蔵がインドへの途上に立ち寄り、高昌国王の麹文泰から手厚いもてなしを受けたことで知られています。

 現存する城址は外城は正方形に近く、周囲の長さは約5キロメートルです。城壁は土で作られ、基盤の厚さは12メートル、壁の高さは11.5メートル、厚さは8〜12メートルとのことです。   (ウィキペディアより)   
(Size :    KB) 高昌古城、ビジターセンターを望む 高昌古城お遺跡を望む












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 高昌故城は、トルファン市の南東45キロ、アスターナ古墳からしばらく行ったところにある都市遺跡です。 この遺跡は外城、内城、宮城に分かれた3重構造の正方形状の城壁で囲まれ、全長5キロにも達し、その内側には日干しレンガでできた城閣、寺院、礼拝堂、井戸などがあります。

 高昌古城は、麹氏高昌国時代(501〜640年)のもの、この王国を平定し西州を設置した唐の時代(7〜8世紀)のもの、そしてこの西州を領有してウイグル人が政権を樹立した高昌回鶻(こうしょうういぐる)時代(9〜13世紀)のものがある複合遺跡となっているとのことです。

 高昌国のはじまりは匈奴の後裔が築いた5世紀だ。5世紀末からは漢人の麹文泰(きくぶんたい)が都とし、7世紀には三蔵法師こと玄奘(げんじょう)もインドヘ向かう途中に立ち寄っている。 当時の高昌国は麹文泰(きくぶんたい)という王が治めていた。
 その後、9世紀にウイグル人が国を立てたが、それも13世紀中頃に滅び城は破壊された。 また、カラコジャ(カラ・ホージャ)のダカヤンス、イディクート・シャリー、などとも呼ばれていたが、現在では一般的に高昌故城と呼ばれているようである。     (旅のフィールドノートからHPより)
 
   
 







  お気に入り写真




高昌古城、広大な遺跡を望む。後方山は火焔山です






高昌古城、遺跡を望む。巨大な城壁跡?




高昌古城、ビジターセンターにありました模型です。広すぎる






高昌古城、世界遺産登録碑と遺跡を望む




高昌古城、城壁跡を望む






高昌古城、寺院跡へ。灼熱の中で音楽を楽しませてくれていました




高昌古城、遺跡を望む。仏教寺院から右側方向を望む






高昌古城、仏教寺院の中の様子です。日干し煉瓦が綺麗に積み上げられているのが良くわかります




高昌古城、仏教寺院入口からの眺めです。草木が一本も無い灼熱の景色です






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