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[画像] 日本100名城  四国の城 (No.1 〜 No.9)
 
  
  
  
 ”徳島城 (76)” に登る 
 徳島城 (とくしまじょう)
 日本百名城 No.76
 徳島県 徳島市徳島町
 (撮影 2011.04.30)
  徳島城(とくしまじょう)は、徳島県徳島市徳島町にあった城です。国の史跡、名勝(表御殿庭園)に指定されています。
 徳島城はJR徳島駅の北側にあり、徳島市の中心部に位置します。吉野川河口付近の中洲に位置する標高61メートルの城山を中心に築かれた梯郭式の平山城です。 (ウィキペディアより)   
   (Size:   KB) 徳島城(城山)を望む 徳島城 城内を望む
  
 日本三大水城の一つ ”高松城 (77)” を歩く
 高松城 (たかまつじょう)
 日本百名城 No.77  
 香川県 高松市玉藻町
 (撮影 2011.05.05)
 高松城(たかまつじょう)は、日本の香川県高松市玉藻町にあった城です。別名・玉藻城(たまもじょう)といわれています。国の史跡に指定され、万葉集で柿本人麻呂が讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、高松城周辺の海域が玉藻の浦と呼ばれていたことに由来するとされています。
 現在は、三重櫓や門など一部の建物と一部の石垣、堀が現存し、城跡は「玉藻公園」として整備されています。 (ウィキペディアより)   
(Size: 1,247KB) 高松城北の丸月見櫓・水手御門を望む 高松城、”桜御門”跡 を望む
 香川県丸亀市 ”丸亀城 (78)” に登る
 丸亀城 (まるがめじょう)
 日本百名城 No.78
 香川県 丸亀市
 (撮影 2011.05.05)
 丸亀城(まるがめじょう)は讃岐国、現在の香川県丸亀市にあった城です。別名、亀山城、蓬莱城ともいわれています。丸亀市街地の南部に位置する亀山(標高66メートル)を利用し、築城されています。石垣は、山麓から山頂まで4重に重ねられています。総高60メートルの石垣は日本一高く、三の丸石垣だけで一番高い部分は22メートルある。頂部の本丸には江戸時代に建てられた御三階櫓が現存し、現在は現存天守のひとつとして扱われています。この建物は唐破風や千鳥破風を施して漆喰が塗られ高さは15メートルあり、現存三重天守の中で最も小規模となっています。 (ウィキペディアより)   
(Size: 4,958KB) 丸亀城を望む 丸亀城天守を望む
  
 ”今治城” を歩く
 今治城 (いまばりじょう)
 通称 吹上城
 日本百名城 No.79  
 愛媛県 今治市通町
 (撮影 2011.05.02)
 今治城(いまばりじょう)は、伊予国越智郡今治(四国・愛媛県今治市通町)にあった城です。1953年10月9日に愛媛県史跡に指定されています。
 昭和55年(1980年)に5重6階の天守が鉄筋コンクリートで建てられ、 天守最上階からは、しまなみ海道の来島海峡大橋が見えるなど、瀬戸内を眺望することができます。また、本丸に藤堂高虎の像があります。 (ウィキペディアより)   
(Size:   KB) 今治城全景(海水の濠を望む) 今治城より瀬戸内を望む
 日本現存12天守の一つ ”松山城” に登る
 松山城 (まつやまじょう)
 日本百名城 No.80 
 愛媛県 松山市
 (撮影 2011.05.02)
 松山城(まつやまじょう)は、四国・愛媛県松山市にある城跡です。別名金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)と呼ばれています。
 松山市の中心部、勝山(城山)山頂に本丸を構える平山城です。日本三大平山城にも数えられ、山頂の本壇にある天守(大天守)は、日本の12箇所に現存する天守の一つであります。この中では、姫路城と同じく、大天守と小天守・南隅櫓・北隅櫓を渡り櫓(廊下)で結んだ連立式で、日本三大連立式平山城にも数えられています。 (ウィキペディアより)   
(Size:   KB) 松山城天守を望む 松山城大天守・小天守を望む
 ”湯築城” を歩く
 湯築城 (ゆづきじょう)
 国の史跡
 日本百名城 No.81 
 
 愛媛県 松山市道後町
 (撮影 2011.05.02)
 湯築城(ゆづきじょう)は、愛媛県松山市道後町の県立道後公園内にある河野氏の城跡です。堀や土塁が現存するのみです。国指定の史跡で、代表紋章は「折敷三文字」です。 (ウィキペディアより)   

 湯築城祉(道後公園)は、観光客も少なく道後温泉の騒がしさを忘れ、ゆっくりと城祉を見学することができました。
(Size: 1,303KB) 再現された武家屋敷と湯築城跡 湯築城跡入口
 伊予国(愛媛県)喜多 ”大洲城” に登る
 大洲城 (おおずじょう)
 日本百名城 No.82  
 愛媛県 大洲市大洲
 (撮影 2010.05.03)
 大洲城(おおずじょう)は伊予国喜多郡大洲(四国・愛媛県大洲市大洲)にあった城です。別名としては地蔵ヶ嶽城、比志城、大津城(大洲の旧称)などがあります。
 大洲城は江戸時代初期、藤堂高虎らによって大規模に修築がなされ、近世城郭としての体裁を整え、伊予大洲藩の政治と経済の中心地として城下町は繁栄していました。 (ウィキペディアより)   
(Size: 4,205KB) 大洲城を望む(1) 大洲城を望む(2)
 日本現存12天守の一つ ”宇和島城” に登る
 宇和島城 (うわじまじょう)
 日本百名城 No.83
 愛媛県 宇和島市丸之内
 (撮影 2011.05.01)
 宇和島城(うわじまじょう)は四国の愛媛県宇和島市丸之内にあった城です。江戸時代は宇和島藩の藩庁となり、国の史跡に指定されています。宇和島城は、中世期にあった板島丸串城の跡に藤堂高虎によって築かれた近世城郭です。標高74メートル(80メートルとも)の丘陵とその一帯に山頂の本丸を中心に囲むように二ノ丸、その北に藤兵衛丸、西側に代右衛門丸、藤兵衛丸の北に長門丸(二ノ丸とも)を中腹に配置し、麓の北東に三ノ丸、内堀で隔てて侍屋敷が置かれた外郭を廻らせる梯郭式の平山城で、東側に海水を引き込んだ水堀、西側半分が海に接しているので「海城(水城)」でもあります。 (ウィキペディアより)   
(Size: 1,776KB) 宇和島城、上り立ち門を望む 宇和島城天守を望む
 土佐藩 ”高知城” に登る
 高知城 (こうちじょう)
 日本百名城 No.84
 高知県 高知市丸の内
 (撮影 2011.05.01)
 高知城(こうちじょう)は、土佐国土佐郡高知(現在の高知県高知市丸の内)にあった城で、城跡は国の史跡に指定されています。戦国時代以前は大高坂山城と称していました。在見られる城は、江戸時代初期に、土佐藩初代藩主・山内一豊によって着工され、2代忠義の時代に完成したものです。4層6階の天守は、一豊の前任地であった掛川城の天守を模したといわれています。 (ウィキペディアより)   
(Size: 1,505KB) 高知城、追手門を望む 高知城天守を望む
  
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