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日本の城に登る・歩く
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     ( 沖縄の城 )
  
  
    
[画像]  日本100名城  沖縄の城 中城城に登城する(No.99)
  
世界文化遺産 『琉球王国のグスク及び関連遺産群』、中城城を望む
  
  
  
 
  


 1.沖縄県中城市、中城(なかぐすく)城 (99)” に登城する
 
 中城城
 (なかぐすくじょう)
 日本百名城 No.99
 世界文化遺産登録
 沖縄県中頭郡北中城村・中城村
 (撮影 2015.12.13)
 中城城(なかぐすくじょう)は、沖縄県中頭郡北中城村・中城村に存在した日本の城です。15世紀の琉球王国・尚泰久王代、護佐丸のグスク(城)として知られています。城壁の増築により現在みられる規模になったと考えられていますが、築城の時期は不明となっています。

 中城城は当時貿易港であった屋宜港から2キロメートルほど離れた標高約160メートルの丘陵上にあり、中城村の北西から南側に伸びていく丘陵の東崖縁を天然の要害としと城となっています。
   (ウィキペディアより)   
(Size : 4,212KB)   中城城、広場より”三の郭”を望む 中城城、一の郭城壁より、二の郭を望む


 
 2.中城(なかぐすく)城 に登城する
 
【中城城について】
 中城城は、北東から南西方向に向けてほぼ一直線に延びている丘陵の上に築かれた山城です。グスクが造られたのは14世紀後半で、先中城按司(さきなかぐすくあじ、意味:琉球の豪族)が、数世代に渡って六つの郭の主な部分である西の郭、南の郭、一の郭、二の郭を築き上げ、「護佐丸」が入城後に北の郭、三の郭を増築し、今に残る六連郭の見事なグスクになったと伝えられています。周囲は断崖と急勾配の斜面には、丘陵の尾根沿いにある正門や裏門しかなく、守りやすく攻めにくい戦国時代特有の構造でした。

 標高約160メートルの丘の上に広がる六連郭の美しいグスクは、西に東シナ海、東に太平洋(中城湾)を望み、晴れた日には周囲の島々まで見渡せます。平成12年(2000)に「琉球王国のグスク及び関連遺跡群」として登録された世界遺産のひとつとなっています。県内に300余りあるといわれている沖縄のグスクの中で、最も多くの遺構がオリジナルのまま残されています。琉球が海外交易で栄えていた14世紀〜15世紀に築かれ、今なお古き良き琉球の風を肌で感じることのできる貴重な古城跡となっています。    
(だびらい沖縄HPより)

 
■ 中城城、世界遺産登録記念碑を望む。後方は”三の郭”です ■
中城城、”三の郭”を望む
中城城、”三の郭”を望む
 



 3.中城城 ”裏門”より入城する
 
■ 中城城、裏門より城内を望む。裏門の先は三の郭、北の郭へと続きます ■

「裏門(うらもん)について」   − 中城城跡共同管理協議会HPより−

 ペリー探検隊一行がエジプト式と評した精巧なアーチ門です。ひときわ美しい門となっています。

中城城、”裏門”を望む
中城城、”三の郭”と”裏門”(右側)を望む
城内より”裏門”を望む。右の石段は”三の郭”への入口になります



 4.中城城 ”三の郭”にて
 
■ 中城城、北の郭方面を望む。正面の石段が”三の郭”入口、右手には大井戸があります ■
■ 三の郭にて、二の郭の城壁を望む ■
中城城、三の郭にて
三の郭、案内版です 三の郭入口の石段と二の郭の城壁を望む
三の郭への石段です 三の郭の城壁を内部から望む

「三の郭について」   − 中城城跡共同管理協議会HPより−

 三の郭は、後に増築されたため「新城(ミーグスク)」とも呼ばれています。石積み技法の最も進んだ相方積み(亀甲乱積み)によって築かれています。


中城城、三の郭より市街を望む。正面右下に大井戸があります

「大井戸について」   − 中城城跡共同管理協議会HPより−

大井戸は北の郭にあります。また、西の郭には「夫婦井戸(ミートゥガー)」と呼ばれる2つの井戸があり、城郭内に水を確保していることが、この城の特徴となっています。


 



 
 5.中城城 ”二の郭” にて
■ 二の郭より、一の郭城壁を望む。ここはなかなか美しさを秘めた場所です ■
中城城、城壁を望む。城壁は手前より二の郭、三の郭の城壁となっています
  
中城城、二の郭城壁の上より、三の郭、広場を望む。城壁の上部の様子がよくわかります
二の郭より、一の郭を望む
  
「二の郭について」   − 中城城跡共同管理協議会HPより−

二の郭と一の郭の石積み技法は布積みである。二の郭の曲線は一際人目を引く美しさです。 



 6.中城城 ”一の郭” にて
 
■ 城門より、一の郭を望む ■
中城城、”一の郭”(南の郭方面)を望む
 中城城、”一の郭”にて。二の郭方面を望む
  
”一の郭”入口に有ります案内板です 一の郭に有ります拝所”中森の御イベ”です 一の郭に有ります”正殿跡”です ”一の郭”より、南の郭方面を望む


「一の郭について」   − 中城城跡共同管理協議会HPより−

一の郭は、中城城で最も広い郭で、正殿があったところです。
後に間切番所が建てられ、廃藩置県後は中城村役場に使用されていましたが、沖縄戦で焼失してしまいました。



  7.”中城城” 案内
 
【 中城城の歴史 】
 中城城の創始は明らかではありません。14世紀後半頃迄に先中城按司(さちなかぐずくあじ)が数世代にわたり南の郭、西の郭、一の郭、二の郭の主要部分を築き上げ、1440年に読谷の座喜味城から移ってきた護佐丸盛春によって、三の郭、北の郭が増築され現在の形が完成したといわれています。 増築されたその部分の城壁は「相方積み」という高度な技法で積み上げられています。また、裏門以外に一の郭の2つの城門がアーチ式門となっていることから、その時同時に殿舎のある一の郭の城門をアーチ式に改築したと考えられています。

 1458年に護佐丸は王府軍としてやって来た阿麻和利の策略(首里王府の策略という見方もある)に攻められ自害して滅びました。その後、「中城王子の居城」→島津侵入(1609年)後は「番所」→廃藩置県(1879年)後は「中城村役場」として戦前まで利用されてきました。
          
(ウィキペディアより)


 
中城城、案内図です
中城城、広場には城全体の模型があります。左側より三の郭、二の郭、一の郭となっています
中城城の見学は裏門から入り表門に出るコースになっています
  
中城城、南の郭にて
中城城、表門より”西の郭”を望む
  
  
中城城、入場券売場です 中城城、入場口です 中城城、入場口にありますハート型の・・・です 中城城、入場券とパンフレットです
  
  
  
 
 
( 後   記 )
 中城城は曲線の美しい城でした。特に二の郭はお気に入りの場所になってしまいました。城壁の曲線の美しさ、左右、正面に見える沖縄の青い海、誠に素晴らしい景観の場所でした。

 城跡を三の郭、二の郭、一の郭と見て歩きましたが、当時はどういう建物がどういう形でどこに有ってどうなっていたのか、またどんな服装でどんな武器で武装していたのか、自分には想像できませんでした。当時の様子をもっと知ることが出来ればもっとこの城の面白さが理解できたかもしれません。ここの郭にはそういう想像力を掻き立て、考えさせる力のある場所でした。

 城跡からな眺める青い海と青い空、そして石垣の美しさは沖縄の城でないと味わえない物だと思いました。   
(2016/3/4)
 
 
中城城、”表門”を望む
 
中城城、”三の郭”内部を望む
 
中城城、”三の郭”を望む
 
  
  
  
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