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  ( 日 本 百 名 城 )
[画像]  (日本百名城 No.52)   ”観音寺城” に登る
観音寺山(繖山:きぬがさやま)を望む  
 ”観音寺城” に登る
 観音寺城 (かんのんじじょう)
 別名 佐々木城
 国の史跡
 日本百名城 No.52 
 
 滋賀県近江八幡市
 主な城主 佐々木 六角
 
 (撮影 2010.05.03)
 観音寺城(かんのんじじょう)は、滋賀県近江八幡市安土町にあった山城です。支城に和田山城、佐生城、箕作城などがある。国の史跡に指定されている。近江源氏の佐々木氏、後に近江国守護六角氏の居城で、標高432.9メートル、南北に伸びる繖(きぬがさ)山の山上に築かれる。南腹の斜面に曲輪を展開、家臣や国人領主の屋敷を配した。総石垣で、安土城以前の中世城郭においては特異な点とされています。 (ウィキペディアより)   
(Size: 1,461KB) 観音寺城(繖山:きぬがさやま)を望む 観音寺城本丸跡虎口の様子です
 五大山城 ”観音寺城 本丸跡” を望む
観音寺城本丸跡を望む(1)
観音寺城本丸跡を望む(2) 本丸内南側に残る溜枡跡です
 ”観音寺城” にて (1)
 観音寺城のある、観音寺山((繖山:きぬがさやま)の標高は440mです。そして本丸は標高395mのところにあり、面積は1950uであるとのことです。ここにどんな建物が建っていたのか資料は全く存在しないとのことです。   (ウィキペディアより)
本丸跡西(薬師口・搦め手)側の食い違いの虎口を望む
 ”観音寺城”にて (2)
【観音寺城の整備】

 観音寺城が本格的に城郭として整備され城塞化されたのは“応仁の乱”の頃とのことです。
 戦国時代に入り、佐々木六角(義賢)氏の代になると種子島銃が伝来し、この鉄砲の威力に抗するため、六角義賢は1556(弘治2)年、多くの人夫を徴発して石垣を巡らすなど、観音寺城の大修築を行ったとのことです。
 太夫井戸へ下る虎口の石垣 (石垣は高さ3mほどもあり、正面のT字型の穴は排水用水路とのことです)
    本丸跡にある現地案内版です。(■カーソルセットでアップします)
 ”佐々木城跡”にて
■ 現地案内板に従えば ”佐々木城跡” となるが、案内板など何も無いため定かではない。 ■
佐々木城跡を望む(1) 佐々木城跡を望む(2)
佐々木城跡を望む(3) (繖山三角点の630m手前にあります) 観音寺山(繖山:きぬがさやま)山頂、標高433m
 観音寺城 ”繖山山頂〜観音寺本丸間にある石垣” を望む
【観音寺城の最後】

 観音寺城、六角承禎・義治父子は、1568(永禄11)年、足利義昭を奉じて上洛を目指す織田信長に対し、近江の通過を拒否し、観音寺城に籠って信長軍に敵対した。 しかし、観音寺城の南にあった支城・箕作(みつくり)城が信長軍によって攻め落とされたため、観音寺城を捨てて甲賀へ逃亡し、無血開城した。
 その後観音寺城に戻ることが出来ずそのまま廃城になったとされているが、いつごろ廃城となったかははっきりしていないとのことです。      (ウィキペディアより)
■ 観音寺城 繖山山頂〜観音寺本丸間にある石垣(雑木林と竹やぶに埋もれていました) ■
  
雑木林の中、笹薮に包まれていた石垣(1) 雑木林の中、笹薮に包まれていた石垣(2)
 観音寺城本丸近くに在る ”観音生寺” 案内
 【西国三十二番礼所 観音正寺】

 観音正寺は、推古天皇13年(605年)、聖徳太子がこの地に来臨された折節、紫雲たなびくこのお山をご覧になって「これぞ霊山なり」とおぼしめし、太子自らが千手観音の像を刻み、堂塔を建立されたのが、観音正寺の縁起であるという。  (漢音正寺HPより)

 観音正寺が位置する繖山には、室町時代以来近江国南半部を支配した佐々木六角氏の居城である観音寺城があり、寺は佐々木六角氏の庇護を得て栄えました。観音寺城は永禄11年(1568年)、織田信長の軍勢に攻められて落城。数年後には佐々木六角氏所縁の観音正寺も焼き討ちに遭い、全焼しました。再興されたのは慶長年間(1596年 - 1615年)のことである。
      (ウィキペディアより)
小観音正寺を望む(1)
■小観音正寺を望む(2) ■小観音正寺を本堂望む(平成5年に焼失し再建された本堂)
  
観音正寺の入口にある石碑です  観音寺城本丸跡への入口(右:観音正寺) 漢音正寺にて ”佐々木城跡”への道標です ”佐々木城跡”にて 観音寺山(繖山:きぬがさやま)山頂からの風景(1)
観音寺山(繖山:きぬがさやま)山頂からの風景(2) 観音寺山(繖山:きぬがさやま)の山道を歩く 繖山:きぬがさやま山頂から下山途中に見つけた石垣(1) 繖山:きぬがさやま山頂から下山途中に見つけた石垣(2) 観音寺城本丸跡を望む 観音寺城本丸への道
Google!地図より ■カーソルセットで航空写真を表示します。 ■カーソルセットで航空写真を表示します。
後  記
 観音寺城へは、駐車場から長い長い階段を登り、観音正寺に到着しました。ところがここから道がわからなく(坐像の左側を降りて行けば良い)、近くにいた拝観客に聞いたら観音寺城行きの道標が向こうにあるよと教えてもらい出かけました。なんと本丸跡にたどり着くのに、佐々木城跡、繖(キヌガサ)山山頂(三角点)経由でいくことになり、どたばたの観光となってしまいました。おかげさまで観音寺の広さ、大きさを体感することができました。
 今回、自分の立ち寄った場所には、案内版等が無かったため何がどうなのか解らないまま帰って来た感じです。事前の調査もせず、ナビ頼りで出かけたことには、反省させられました。
 観音寺城を訪れる方は、事前にルートを決め、事前調査を行ってから出かけた方が楽しく回ることが出来ると思います。反省。
  (2011.04.15)
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