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    ( 日 本 百 名 城 )
  
  
    
[画像]  松阪市 ”松坂城(48)” を訪れる
  
  松坂城裏門跡を望む
  
  
  
  
 蒲生氏郷築城 ”松坂城” に登城する  −安土城の石垣造りの活かされた城−
 
  松坂城
  (まつざかじょう)
 (日本百名城:48)
 三重県松阪市
 (撮影 2012.09.17)
 松坂城(まつさかじょう)は、現在は松阪城と表記されています。所在地は三重県松阪市殿町で、城跡は松坂城跡(まつさかじょうあと)として国の史跡に指定されています。

 城の縄張りは梯郭式平山城で、松阪市の中心地の北部に位置し、阪内川が城北を流れ天然の堀となっています。江戸時代初期には松坂藩の藩庁となっていましたが、廃藩後は御三家紀州藩の南伊勢国内17万9千石を統括するために城代が置かれていました。  (ウィキペディアより)
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松坂城、天守閣跡を望む 松坂城の石垣。表門付近からの眺めです
 
 
 松坂城 ”表門” より登城する
 

 【松坂城の築城(1)】

 松坂城は、1584年(天正12年) 近江国日野城6万石の蒲生氏郷が伊勢国12万3千石を与えられ、松ヶ島城に入城しました。 1588年(天正16年) 氏郷は、松ヶ島は伊勢湾に面し城下町の発展性が無いと考え、現在の城地である飯高郡矢川庄の四五百森(よいほのもり)に新たに築城を開始しました。工事は領内の寺社を取り壊して転用し、急ピッチで年内に完成させたとのことです。  
(ウィキペディアより)

 
■ 松坂城、表門跡を望む ■
 
 松坂城、表門より城内を望む 松坂城、表門跡の石碑を望む
 
 松坂城 ”月見櫓跡” を望む
 
■ 松坂城、月見櫓跡を望む ■
  
本丸跡からの眺望。(手前は本居宣長旧宅(鈴屋)、桜松閣)
  
松坂城、表門跡からの場内の眺望です 場内にある石造りの案内板です
  
 
 松坂城 ”天守台(天守閣跡)” を望む
   
■ 松坂城、敵見櫓跡(手前)と天守閣跡(最後方)を望む ■
  
  
月見櫓跡より、遠見櫓跡方面を望む 松坂城、本丸跡にて 松坂城、本丸跡にて(井戸跡) 表門付近より、石垣上部奥が月見櫓跡です
  
  
 
 松坂城 ”本丸跡” を望む
 
【松坂城の築城(2)】

 松坂城は東に大手、南に搦手を配し、外郭には深田堀及び水堀を巡らせていました。四五百森北峰に本丸を配し、その南側に二の丸が置かれ、本丸には3重5階の天守が構えられていました。

 城下町の建設にあたっては松ヶ島住人を強制的に移住させたり、旧領の近江商人を町の中心部に呼び寄せて日野町とし楽市楽座を設けたりしました。また、湊町に伊勢大湊の豪商角屋氏を呼び寄せ、これにより商都松阪の礎が築かれました。   
(現地案内板より)

 
■ 天守台(天守閣跡)より本丸を望む■
 
天守台(天守閣)跡を望む
  
天守台より本丸跡を望む 本丸(下段)と本丸(上段)の間にある、中御門跡を望む
 
 松坂城からの眺望
  
■ 松坂城からの眺望 (■カーソルセットで現地案内板の山名が表示されます) ■
   
松坂城、きたい丸跡を望む
   
松坂城、石垣を望む(1) 松坂城、石垣を望む(2)


 ”松坂城” 案内
  
【日本百名城 松坂城の石垣】

 松阪城の魅力に石垣がある。名古屋工業大学教授・内藤昌博士によると「素晴らしい石垣。安土城同様の形式だが、それを上回る強固なもので美観という点でも優れている。蒲生氏郷の美意識の高さを感じられる」とし、近世の先駆けとなる名城としてあげられる。

安土城の築城に加わった蒲生氏郷だが、松阪城にもこの時の石垣作りが取り入れられている。石垣のつみ方は「野面積み」を主体に、隅の部分は「切り込みはぎ」「算木積み」という工法が使われている。これらの工法は「穴太衆」と呼ばれる近江国の石工集団が、安土城で今までの日本には無かった新しい築城方法を発案した。蒲生氏郷は自分の出身地でもある穴太衆を中心に地元の農民をかり出し石垣をくみ上げていった。石材の多くは近くの河原から集められた石が使われたが、天守台などには古墳に埋葬された石棺の蓋まで使用された。  
(ウィキペディアより)

  
■ 搦手口から、榛名山を望む ■
 
■松坂城址、案内版です ■
   
松坂城、本居神社を望む 松坂城、裏門跡にある石灯籠を望む
 
 松坂城の駐車場です 松坂城、中御門跡方面を望む  松坂城の石垣(1) 松坂城の石垣(2)
 
  
  
Yahoo!地図より Yahoo!地図より(■カーソルセットで写真表示) Yahoo!地図より(■カーソルセットで写真表示)
  
  
           
後   記   
 松坂城は、石垣のきれいな城でした。遺構が石垣中心であるため余計にそう見えたのかも知れません。後で分かったことですが、松坂城を築城した蒲生氏郷は、日本で初めて石垣の積み上げて築城した織田信長の安土城にたずさわっていました。この安土城の石垣を積み上げたのが「穴太衆」という石工集団でした。松坂城の石垣もこの「穴太衆」が積み上げていました。

 松坂城への登城は朝早い時間帯でした、そのためか城内で合った人は一人だけでした。城内は静かでさびしくなんとなく時代に取り残された場所の様に感じました。 
(2013/5/2)

 
 
  
  
  
  
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