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日本の城に登る・歩く
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     ( 中 部 の 城 )
  
  
    
[画像]  日本100名城  金の鯱鉾 名古屋城に登城する(No.44)
  
名古屋城天守閣を望む
  
  
  
 
  


 1.尾張名古屋の象徴:金の鯱  ”名古屋城”     (愛知県:名古屋市)
 
 名古屋城
 (なごやじょう)
 日本百名城 No.44
 愛知県 名古屋市
 (撮影 2006.1.11)
 名古屋城は大坂城、熊本城とともに日本三名城に並び称される名城である。天守の金の鯱(金鯱(きんこ))は、城だけでなく名古屋の町の象徴にもなっています。長らく尾張の中心であった清洲城は、関ヶ原の合戦以降の政治情勢や、水害に弱い地形の問題などから、徳川家康は1609年(慶長14年)に、名古屋に城を築くことを決定しました。1610年(慶長15年)、西国諸大名の助役による天下普請で築城が開始し、1612年(慶長17年)に大天守が完成しました。
                (ウィキペディアより)   
(Size : 2,568KB)   名古屋城、大天守を望む 名古屋城、金の鯱をズームアップ


 
 2.名古屋城 大天守を望む(1)
 
【名古屋城 大天守について】
 名古屋城の城の大きさ、石垣の大きさには圧倒されまする。『大天守は五層五階、地下一階、高さは55.6m(石垣19.5m、本体36.1m)と、18階建ての高層建築に相当する。』 高さこそ江戸城や大坂城の天守に及ばないが、延べ床面積ではこのふたつの天守より広く4,424.5m2を誇っています。天守内はあまりにも近代化(観光化)されていてガッガリするところも有りますが、天守閣からの眺望や城の規模はやはりケタ違いであると思いました。    

 
■ 名古屋城、大天守を望む ■
天守閣へ入る
名古屋城、天守閣への入口です
 



 3.日本100名城(44番)選定  ”名古屋城”
 
■ 名古屋城、大天守を望む ■
名古屋城、大天守を望む



 4.名古屋城 大天守を望む(2)
 
■ 名古屋城、大天守を望む ■
■ 名古屋城、大天守を望む ■
 



 
 5.名古屋城 天守閣からの眺望
■ 名古屋城、天守より市内を望む(1) ■
名古屋城、天守より市内を望む(2)
名古屋城、天守より市内を望む(3)
  
名古屋城、天守より市内を望む(4)
  

「名古屋城について」   (名古屋市パンフレットより)

 名古屋城でもっとも名高いのは”金鯱”です。城の大棟に鯱を揚げることは室町時代の前期、城郭形態の完成した頃から始まったと言われています。当時は火除けの呪いであったものが後には城主の権威の象徴として大棟にかざられました。

 また、北城内の石垣には多種多様の記号を刻んだ石があります。築城に当たって、石垣の築城を命じられた諸大名が、自分の運んだ石を他大名の石と区別するために刻んだ「目じるし」です。 




  6.”名古屋城” 案内
 
【 名古屋城の歴史 】
 名古屋城は、関が原の合戦後江戸幕府を開いた徳川家康が、1609年(慶長14年)東海道の要所として、また、大阪方への備えとして、清洲から名古屋へ遷府を決定し、加藤清正・福島正則・前田利光等北国・西国の諸大名20名に普請を命じ築城しました。
 天守閣や諸櫓の作事(建設工事)は、1612年(慶長17年)に完成した代表的な平城です。明治維新をむかえるまで名古屋城は、御三家尾張徳川家の居城として栄えました。
 第二次世界大戦、名古屋空襲にて天守閣、本丸等を焼失しました。      
(名古屋市パンフレットより)


 
名古屋城にて
名古屋城の案内図です
名古屋城天守閣にて、金の鯱です
名古屋城、天守閣にて
  
  
  
名古屋城天守閣にて、金の鯱です 名古屋城天守閣にて、金の鯱です 名古屋城にて 名古屋城天守閣の金の鯱を望む
  
  
Yahoo!、地図より
  
 
 
( 後   記 )
 名古屋城は外観の見事さとは別に、天守内は、デパートか博物館かと間違えてしまうつくりになっていました。再建のしかたには色々有ると思いますが、色々な考えを持った人が集まり再建したと思いますが・・・・。
 個人的には、今ひとつしっくりこない、違和感の有る天守でした。   
(2006/12/26)
 
 
名古屋名物 「あつた蓬莱軒」で”ひつまぶし”をいただく
 
名古屋名物 「山本屋本店」にて、”煮込みうどん” をいただきました
 
 
  
  
  
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