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 日本の城に登る
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      (日本百名城 信州・北陸の城)
 (日本百名城 No.24) ”新発田城” を歩く
     
  
 
 ”新発田城” へ登城する
 新発田城 (しばたじょう)
 日本100名城 No.24
 新潟県新発田市
 (撮影 2011.08.09)
  新発田城(しばたじょう)は、現在の新潟県新発田市(越後国蒲原郡)にある城郭です。別名、菖蒲城(あやめじょう)。新発田藩の藩庁が置かれていました。新潟県内では唯一、江戸時代当時の城郭建築が現存する城跡です。
 近くを流れる新発田川の流れを利用した平城でした。石垣には石同士の接合部分を隙間なく加工して積み上げる工法である切り込みハギが用いられています。  
(ウィキペディアより)
(Size: 1,311KB) 天主閣の役目をはたしていた三階櫓を望む 新発田城表門を望む
 新発田城 ”表門” を望む
重要文化財 ”表門” を望む
美しい「切込みはぎの石垣」を望む(石の表面が平らに整形されています) 本丸側から見た ”表門”
     
 新発田城 旧二の丸隅櫓を望む(1) 

【新発田城の成立】

 現在の新発田城の場所には、室町時代に鎌倉御家人佐々木加地氏の一族、新発田氏の居館があった。その後、戦国期の勇将新発田重家が、上杉景勝との7年間の抗争の末、天正15年(1587)落城した。江戸時代には、その跡を古丸と言っていた。
 慶長3年(1598)秀吉の命により、溝口秀勝が加賀大聖寺から6万石で入封し、古丸を取り込んで慶長7年(1602)から本格的な築城にとりかかり、3代宣直の承応3年(1654)に一応完成している。実に秀勝入封から56年後のことであった。  
(現地パンフレットより)

移築された、旧二の丸隅櫓を望む。ここには鉄砲櫓があった場所です。◆カーソルセットで明治5年ころの写真(鉄砲櫓)が表示されます。◆
旧二の丸隅櫓を望む 表門より、旧二の丸隅櫓を望む
 新発田城 旧二の丸隅櫓を望む(2)
重要文化財、旧二の丸隅櫓を望む
旧二の丸隅櫓 旧二の丸隅櫓、2階から望む
 隅櫓と堀を望む 隅櫓の内部(1階入口)  隅櫓の内部(2階の様子)  隅櫓の内部(2階階段部分) 
 新発田城 ”三階櫓” を望む(1)

【櫓の復元】

 新発田市は、平成10年、溝口秀勝候入封400年記念事業として、城下町のシンボルである三階櫓を元の形に復元したいという気運が高まった。市は、平成11年度から地域文化財・歴史的遺産活用事業の一環として、3匹の鯱を配する三階櫓と堀部安兵衛の運命を決めたといわれている辰巳櫓の復元に取り組み、古文書・絵図・古写真・発掘調査などの資料から、史実に基づく伝統木造工法を用いて、平成16年6月に完成した。    (現地パンフレットより)

 新発田公園より、三階櫓を望む
 
 新発田城 ”三階櫓” を望む(2)
     ■ 本丸の大部分は陸上自衛隊の新発田駐屯地になっております。このため三階櫓の途中には自衛隊の車両、倉庫が見えます。 ■
     ■ カーソルセットで現地案内板が表示されます ■
 ”新発田城” の案内
 
【新発田城 明治以降の変遷 (現地パンフレット)より】
 新発田城は明治5年までは本丸・二の丸・三の丸合わせて、櫓が11棟、主な門が5棟あったが、表門と旧二の丸隅櫓(昭和32年、国重要文化財に指定)のみ残し、新政府の命令で取り壊され、堀や土居も壊して埋め立てられた。本丸・二の丸の大部分は、廃藩置県後陸軍省の管轄となり、敗戦まで歩兵第16連隊の兵営地として使用されてきた。戦後の一時期米軍が進駐していたが、昭和21年新潟青年師範学校が移転してきて、旧兵舎を校舎として使用、その後24年に新潟大学新発田分校が開校。当時は引揚者の寮や本丸中学校、各種民間事業所なども兵営跡に同居していた。昭和28年4月からは陸上自衛隊駐屯地となり、現在に至っている。

表門2階から、本丸入口を望む
のぼりと辰巳櫓を望む   復元(2004年6月)された辰巳櫓を望む
辰巳櫓正面入口を望む  藩祖・溝口伯耆守秀勝公の像(本丸)  表門に控えているボランティアの方です   辰巳櫓から本丸御殿方面を望む。現在は陸上自衛隊新発田駐屯地になっています
Yahoo!地図より ■カーソルセットで航空写真の表示 ■カーソルセットで航空写真の表示
後  記

 
城下町新発田を初めて訪れました。学生時代の友人斎藤君の出身地、自分も帰省の夜行列車で良くとおりましたが、立ち寄ることは有りませんでした。

 新発田公園から復元された三階櫓を眺めながら堀沿いに旧二の丸隅櫓、表門と歩いて行きました。城としての威厳を備えた素晴しいながめを味わいながら歩くことができました。残念ながら表門をくぐり、本丸に入るとすぐにその先は陸上自衛隊新発田駐屯地になっています。本丸の散策はここで打ち切りとなりました。こういうことも長い歴史の中の一コマなのかも知れないと思いました。
  (2012.03.25
 

 
 
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