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[画像]  福島県二本松市 霞ヶ城公園の ”菊人形” を観賞する(復興イベント)
     
  
 
 第58回 菊の祭典 霞ヶ城公園 ”菊人形” を観賞する
 菊人形
(霞ヶ城公園(二本松城))
 菊の祭典
 福島県二本松市
  (撮影 2012.10.27)
 二本松城で開催されている、二本松の菊人形(第58回(2012年)は規模を縮小して開催)に行ってまいりました。お年寄りから子供まで、ものすごい人出でした。


 二本松の菊人形の歴史は古く、藩政時代より菊の愛好者が多く、昭和初期から菊人形が街に飾られていました。
 その後、昭和30年から趣向を変え、現在の「菊の祭典」として福島県立霞ヶ城公園(国指定史跡「二本松城跡」)を会場に華々しく開かれるようになりました。毎年約10万人以上の入場者で賑わいを見せていまるとのことです。   
(二本松市観光協会HPより)
  
(Size : 1,383KB)  開催場所の霞ヶ城(二本松城)を望むす 大菊懸崖、514輪の見事な菊です
 霞ヶ城公園 ”菊人形” を観賞する(1)
震災の影響で規模を縮小し開催されている。それでも沢山の観光客が訪れております。
大菊懸崖、514輪の見事な菊です 大多輪(千輪咲)、1,369輪の見事な菊です
 霞ヶ城公園 ”菊人形” を観賞する(2)
  
平清盛「平治の乱」をモチーフにした、菊人形です。見事です!
[平治の乱]

 平治元年(1159年)、12月4日、清盛が熊野参り(和歌山)のため、京を離れた隙を狙って、義朝は、信西と対立していた信頼と手を結び謀反を起こした。これが、「平治の乱」の始まりである。
 清盛は、急いで京に戻り天皇と上皇を救い出し、一気に義頼軍を打ち破った。源氏の主な人達も次々と殺され、平治の乱以降、武士の世界は平氏の世の中になっていく。    
(現地パンフレットより)
 霞ヶ城公園 ”菊人形” を観賞する(3)
平清盛をモチーフにした菊人形です。ウーン、イケメンである。
 霞ヶ城公園 ”菊人形” を観賞する(4)
花の数を数えるのも大変と思いました。大多輪(千輪咲)、1,337輪の見事な菊です。
 
 霞ヶ城公園 ”菊人形” を観賞する(5)
■ 霞ヶ城 ”相生の滝”を望む。右側は乗馬姿の平清盛の菊人形です。 ■
■ 洗心亭より、二本松の菊人形会場を望む ■
 
 ”霞ヶ城公園(二本松城祉)” 案内
【日本最大の菊の祭典】



規模を縮小し、復興イベントとして開催されています。

入場料は無料でした。                  


”三色千輪咲き”、見事な菊です。
 
【菊人形の歴史】

 菊人形は、安政年間の江戸の団子坂、戦前の両国国技館、戦後は日本三大菊人形とされた
    大阪府枚方市、
    福井県武生市(現・越前市)、
    福島県二本松市
のものが有名でしたが、レジャーの様式の変化や、少子化による遊園地の経営状態の悪化などにより枚方市の菊人形が2005年限りで中止されるなど、開催は減少傾向である。それでも二本松市や越前市のものは従来どおり開催されています。   
 (ウィキペディアより)
 
菊人形会場、霞ヶ城箕輪門を望む 菊人形会場の様子です 見二本松の菊人形マスコットキャラクター「菊松(きくまつ)くん」 城内の松の木です(二本の松)
 
Yahoo!地図より ■カーソルセットで航空写真の表示 ■カーソルセットで航空写真の表示
後  記

 日本最大の菊の祭典、二本松の菊人形を見て参りました。今回(第58回(2012年))は復興イベントとして規模を縮小して開催しておりました。
 会場の人出の多さにビックリさせられました。年配のご夫婦、おじいちゃん、おばちゃん、若夫婦と子供の3世代の家族連れと多く見かけました。地元の人に愛されているイベントなのが良くわかりました。

 菊人形の母体の人形はものすごいイケメンでした。 
(2012.11.03)
 

 菊の花で囲まれている”洗心亭” を望む。 (写真の人物は菊人形ではありません。心を落ちつけ休憩している観光客です。)
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