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  紅葉の ”養老渓谷”
 
  
 養老渓谷(ようろうけいこく)は、千葉県夷隅郡大多喜町から市原市を流れる養老川によって形成された渓谷です。中心地は大多喜町と市原市の境界付近。千葉県道81号市原天津小湊線沿いに旅館や土産物屋が建ち並ぶ。養老渓谷温泉や秋の紅葉狩りにより、当渓谷の西側にある梅ヶ瀬渓谷とともに千葉県内有数の観光地となっています。 (ウィキペディアより)
   
  
  
 
「日本地質百選」
  養老渓谷は、2007年、日本の地質百選に選定されて(「養老渓谷・黒滝不整合」)、周囲は「県立養老渓谷奥清澄自然公園 」に指定されています。 (ウィキペディアより)

  養老渓谷駅
養老渓谷駅 黒川沼
  
  
  
  
  
 黒川沼の紅葉
  
 


黒川沼のもみじ
 
  
  
朝生原トンネル
 
  
  
  
 ”梅ヶ瀬渓谷” を遡行する
 
  
■梅ヶ瀬渓谷■
 養老川の支流梅ヶ瀬川が丘陵を侵食してできた渓谷。明治期の漢学者、日高誠実がここに居を構え梅林を造成し、「梅ヶ瀬」と名付けました。幅4〜5mの渓流の両岸に高さ30〜50mの浸食岸が約80mにわたって続き、砂とシルトの互層が見られます。春はミツバツツジ、彼岸桜、マメ桜などが美しく、秋の紅葉も見事です。清流にはカジカやサワガニも生息しています。  (千葉の情報ページ infoちば HPより)
   
  
  
 楽しい”沢ルート”の歩き   
  
  
  
  
 ”日高邸跡” の紅葉
  
  

日高邸跡を流れる ”渓流とカエデの葉”  

 
日高誠實(のぶざね)と梅ヶ瀬渓谷
 明治19年(1886年)に50歳で陸軍省を辞し、大福山山麓の229fを国から借り受け、市原郡白鳥村西澤(現在の市原市大久保)の仙境に移り住み、ここを奈良県の名勝地月ヶ瀬を模して、梅、柑橘、柘榴(ざくろ)などを植樹し、「梅ヶ瀬」と名付けた人物が日向国(宮崎県)出身の日高誠實です。
 明治20年〜21年に、牛や羊の飼育を手掛けたり、養老川や、小櫃川(おびつがわ)に鱒や※1嘉魚(かぎょ)(鯉に似ている魚)を放流したりもしているがことごとく失敗。更に、日向から椎茸栽培、宇治から製茶、栃木からは麻やミツマタ、コウゾの栽培を導入するも大量生産に至らなかった。この他には私塾「梅が瀬書堂」を開講し、市原、君津、山武、長生、夷隅の五郡から従学者を集め、国漢・英数・書道・剣道等を教え、その数延べ千人に達すると言う。
 大正4年(1915年)8月24日、80年に亘る波瀾に富んだ生涯を閉じ、今偉人は住居跡から程近い鷹取山に静かに眠っている。 
(養老渓谷の加茂郵便局・地域情報コーナーより)
 
 
日高邸跡の”カエデ”の大木
  
  
 <”尾根ルート”と”見晴らしの道” の紅葉>
”尾根ルート”の紅葉(1)  ”尾根ルート”の紅葉(2)
”見晴らしの道”を歩く(1) ”見晴らしの道”を歩く(2)
  
  
 

 渓谷にかかる橋 青の渓谷橋と赤の宝衛橋
 
  
 
宝衛橋より渓谷橋を望む
宝衛橋より渓谷橋を望む 渓谷橋より宝衛橋を望む
   


 養老渓谷 ”梅ヶ瀬渓谷” 案内
  
 
 梅ヶ瀬渓谷は、千葉県一のモミジの名所とたたえられるています。川幅4.5m、長さ約80mにわたり、高さ30〜50mの浸食崖が続き砂とシルク岩が交互に断層になり、梅ヶ瀬層と呼ばれています。日高誠実(1836〜1935)が渓谷沿いに400 株の梅を植え、奈良の月ヶ瀬になぞえられて付けた地名と言われています。  (市原市HPより)
 
  
大福山からの眺望(日高誠実顕彰碑付近)
    
   
道路脇で見つけた花
  
  
  
日高誠実顕彰碑付近 大福山展望台
  
 
 
Yahoo!地図より ■Zoom ■Zoom
 
 
 
後 記
 
 今回は初めての養老渓谷ハイキングでした。養老渓谷駅近くの臨時駐車場に車を止め、 

 渓谷橋⇒黒川沼⇒女ヶ倉⇒(沢ルート)⇒もみじ谷⇒日高邸跡⇒(尾根ルート)⇒白鳥神社⇒大福山展望台⇒見晴らしの道⇒養老渓谷駅        と歩いてきました。

 渓谷コースは、のんびりと土の上を歩くにはとても気持ちが良いところでした。ただもう少し水量が有れば緊張した歩きが出来、もっと歩きが楽しめるところになると思いました。尾根方面の紅葉は真っ盛りでしたが、日高邸跡の紅葉は終わっていました。残念!。

 ここ日高邸跡のカエデは新緑のころ、紅葉のころと沢山の見所があると思います。この地でこのカエデを眺め生活を送っていた日高氏は、このカエデから沢山のパワーをもらっていたんだろうと思いました。
 日高邸跡のカエデの紅葉は、谷が深い分だけ他より早い。次回はもう2週間ほど、早めに来たいと思いす。
 
(2009.11.28)

  
  
  
  
  
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