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     ( エジプト共 和 国 )
  
  
    
[画像]  エジプトの史跡・名勝地を訪れる
  
  
  
  
  
 
 
  





 1.エジプト ”考古学博物館” を訪れる
 
 エジプト考古学博物館
 (エジプトこうこがくはくぶつかん)
 博物館
 エジプト
 カイロ
 (撮影 2016.11.24)
 エジプト考古学博物館(エジプトこうこがくはくぶつかん)は、エジプトの首都カイロにある国立の考古学博物館です。通称カイロ博物館といわれています。年中無休。収蔵点数は20万点にものぼると言われています。

 館内には、ツタンカーメン王の王墓から発掘された黄金のマスク、黄金の玉座をはじめ、カフラー王座像、ラムセス2世のミイラなど、古代エジプトの至宝が展示されています。    (ウィキペディアより)
(Size :    KB)    カイロ ”考古学博物館” を望む カイロ ”考古学博物館”、展示のスフィンクスです


 2.エジプト考古学博物館 ”ツタンカーメンの宝(1)” を鑑賞する
 
 ツタンカーメンの宝
 (つたんかーめんのたから)
 エジプト考古学博物館
 エジプト
 カイロ
 (撮影 2016.11.24)
 ツタンカーメンは第18王朝、11代目の王(即位BC1336〜BC1327)です。父はアマルナに遷都し、アテン神信仰を推し進めたアクエンアテン、母は第二夫人キヤではないかといわれています。
 父クエンアテンの死後、9歳で王に即位、アメン神信仰に戻し、名前もトゥタンクアテンからトゥタンクアメン(ツタンカーメン・アメン神の生きる姿)に変え、首都をメンフィスに戻しています。若い王を宰相アイと軍司令官ホルエムヘブが補佐し、父親の代で弱体化したエジプトの立て直しを図っています。

 ツタンカーメンは、17歳で亡くなったことから暗殺の噂がありますが、死因については様々な説があります。 
 死後、アテン神信仰を異端とみなし、アクエンアテンからツタンカーメン、アイまでの名前が王名表から削除されました。そのため、長い間この王の存在が忘れられ、結果的に盗掘を免れることとなったといわれています。 
   (ウィキペディアより)
(Size : 6,105KB)    ”ツタンカーメンの等身大の木像”を望む
黒いニスが塗られ、部分的に金箔が張られています
ツタンカーメン、二枚扉の厨子に描かれている絵です


 3.エジプト考古学博物館 ”ツタンカーメンの宝(2)” を鑑賞する
 
 ツタンカーメンの宝
 (つたんかーめんのたから)
 エジプト考古学博物館
 エジプト
 カイロ
 (撮影 2016.11.24)
   ツタンカーメン王(トゥトアンクアメン)は、古代エジプト第18王朝のファラ(BC1336~BC1327)です。

 ルクソール、ナイル川西岸にある王家の谷にあるツタンカーメン王の墓は1922年11月26日考古学者ハワード・カーターが発見、発掘しました。盗掘されていない王墓でした。副葬品も王のミイラにかぶせられていた黄金のマスクもほぼ完全な形で見つかりました。ミイラと一番外側の人型棺と石棺はこの王家の谷で展示され、黄金のマスク他の副葬品はカイロの考古学博物館特別展示室に展示されています。

 2005年にCTスキャン撮影によるミイラ調査が行われました、死亡推定年齢が19歳、身長165cmで華奢な体格(当時の平均らしい)と判りました。しかし死亡原因については、事故死か他殺かはわからなかったとのことです。
 ツタンカーメン(ミイラ)は保存状態がきわめて悪いと言う事で、プレクシグラス製ケース内で保存され、王家の谷で眠っています。 
   (ウィキペディアより)
(Size : 4,703KB)    ツタンカーメン、”黄金の玉座”を望む ツタンカーメン、”黄金の玉座”を望む
 4.ナイル川 ”クルーズ” を楽しむ
 
 ナイル川
 クルーズ
 (AMWAJ号)
 船旅
 エジプト
 アスワン〜ルクソール
 (撮影 2016.11.21〜24)
 ナイル川クルーズの旅は、アスワンからルクソールまでの3泊4日でした。エジプト公認5つ星デラックス船、「アムワジ(AMWAJ)」号での船旅です。
 アスワンで夕方乗船し、翌日はコムオンボ観光、エドフ観光をし、夕食時にエスナ水門を通過し、ナイル川を下って行きました。2日目はルクソール西岸・東岸を観光し、翌日早朝に下船ということで船旅を楽しむことができました。
(Size :    KB)    アムワジ(AMWAJ)号の船首にありますプールを望む ツアー客同士、コーヒータイムのひと時です


 5.ナイル川 ”ナイルの帆船” を楽しむ
 
 帆船(フェラッカ)
 帆船
 エジプト
 アスワン
 (撮影 2016.11.21)
 ナイル川の帆船は、フェラッカあるいはファルーカと呼ばれています。
帆装の多くは1本あるいは2本のマストとラテンセイルで構成され、2〜3人の船員で、10人程の乗客を運ぶことが可能となっています。

 モーターボートやフェリーの登場で帆船は時代遅れになりつつありますが、アスワンやルクソールなどのナイル川流域の都市では、フェラッカは現在も有効な交通手段として利用されています。モーターボートと比較して、フェラッカは静かで穏やかであるため観光客からの人気の高い乗り物となっています。      (ウィキペディアより)
(Size :    KB)    船内ではバザーが開かれました 帆船を望む。護岸に到着したところです、


 6.アスワン ”アスワンハイダム” を訪れる
 
 アスワン・ハイ・ダム
 ダム
 エジプト
 アスワン
 (撮影 2016.11.21)
 アスワン・ハイ・ダム (Aswan High Dam)は、エジプトの南部、アスワン地区のナイル川に作られたダムです。アスワンダムは2つありますが、現在ではアスワンダムと言うとアスワン・ハイ・ダムを指すことが多くなっています。
 古いアスワンダムは、アスワン・ロウ・ダムとも呼ばれ、1901年に完成し、以降数度にわたって拡張されています。
 アスワン・ハイ・ダムは、アスワン・ロウ・ダムの6.4km上流に建設され、1970年に完成しています。      (ウィキペディアより)
(Size :    KB)    アスワン・ハイ・ダムを望む アスワン・ハイ・ダムを望む。変電設備が見えます


 7.コムオンボ ”コムオンボ神殿” を訪れる
 
 コム・オンボ神殿
(Temple of Kom Ombo)
 神殿 (Temple)
 エジプト
 アスワン県 コム・オンボ
 (撮影 2016.11.22)
 コム・オンボ神殿(Temple of Kom Ombo)は、プトレマイオス朝の時代(紀元前332-32年)にエジプトのコム・オンボの町に建設された、珍しい二重神殿です。

 建物は「二重」構造となっており、2神のために重複した中庭、広間、祭壇や部屋があったことを意味する類のないものとなっています。
 神殿の正面より向かって右側半分は、ハトホルやコンスとともに豊穣と世界の創造の神であるワニの神セベクに捧げられています。一方、神殿の左側の部分は、大ホルス (Horus the Elder) の別名で知られるハヤブサの神ハロエリスに捧げられています。
 神殿は変則的で、すべてが主軸を中心に完全な左右対称となっています。      (ウィキペディアより)
(Size :    KB)    左右対称の ”コムオンボ神殿” を望む コム・オンボ神殿のレリーフを望む


 8.エドフ ”エドフ神殿” を訪れる
 
 エドフ神殿
(Temple of Edfu)
 神殿 (Temple)
 エジプト
 アスワン県 エドフ
 (撮影 2016.11.22)
 エドフ神殿(Temple of Edfu)は、最高神ホルスとしてギリシア・ローマの時代に知られたエドフの町にある古代エジプトの神殿です。ナイル川西岸に位置し、エジプトで最も保存状態のよい神殿の1つとなっています。

 ハヤブサ神ホルスに捧げられたこの神殿は、エドフのホルス神殿として知られ、プトレマイオス朝時代(紀元前332-32年)の紀元前237年から57年にかけて建造されました。その壁にある碑文は、古代エジプトのギリシア・ローマ時代における言語、神話、宗教について重要な情報を提供しています。特に、神殿に刻まれた建物の記載は「神殿の建設の詳細な記述と、さらに創造の島のような本神殿ならびに他の神殿すべての神話的な解釈に関する情報が記述されているとのことです。
      (ウィキペディアより)
(Size :    KB)    エドフ ”エドフ神殿”入場口となる塔門を望む エドフ神殿、神殿の中心にある至聖所の内部の様子です


 9.ナイルの夕陽と”エスナ水門” を通過する
 
 ナイル川
 エスナ水門
 河川
 水門

 
 エジプト
 キーナ県
 (撮影 2016.11.22)
 エスナ水門はルクソールから155キロメートルほど上流のアスワン方面にあります。
 アスワンからルクソーへのクルーズ途中にエスナの水門を通過しました。一度に2隻しか通過出来ず、水門到着から水門に入るまで数時間待ちました。

 水門の中に入ると門が閉じ、水が排水され、出先の川の高さになったら反対側の門が開き船が滑り出るしくみです。あっという間に水が排水され高低差も難なく船が滑り出して行きました。排水のスピードには驚かされました。.
(Size :    KB)    エスナ水門通過を見る人たちです エスナ水門を通過する。水門が開いた状態です


 10.メンフィス ”メンフィス野外博物館” を散策する
 
 メンフィス野外博物館
 (メンフィスやがいはくぶつかん)
 遺跡
 博物館

 エジプト
 メンフィス
 (撮影 2016.11.25)
 古代エジプトの首都メンフィスは、古代エジプト初期王朝時代から古王国時代にかけて首都となり、歴史的にも大変重要な役割を果たした都市の一つでした。現在では往時の面影は全くなく、かつて繁栄を極めた面影を唯一残している「野外博物館」です。

 野外博物館には、建物の中にある脚の一部が欠けたラムセス2世の巨像(体長15m)があります。この場所で横たわったまま発見され、この状態で展示されているとのことです。巨像は2階の回廊から見下ろすことができるようになってます。
 野外の広場には1912年に発見された端正な顔立ちの10m程のアラバスター製スフィンクスを始め、貴重な展示物が並んでおります。      (ウィキペディアより)
(Size :    KB)    アラバスター製スフィンクスを望む 館内にある体長15mのラムセス2世の巨象を望む


 11.カイロ ”ハンハリーリバザール” を訪れる
 
 ハンハリーリバザール
 市場
 エジプト
 カイロ
 (撮影 2016.11.24)
 ハンハリーリバザールはエジプト最大のスーク(市場)です、バザールは14世紀から続いているとのことです。現在は観光客向けのお土産物屋さんが大半になっています。
 日本人が歩いていれば「やばにー」「やまもとやまー」「見るだけタダ」と声をかけてくれます。ただ中国の人にも良く間違えられます。

 ハンハリーリバザールは迷路のような小さな道の両側に観光客用のお土産屋さんがたくさん並んでいます。現地では「カーン・エル・カリーリ」と呼ばれているとのことです。    
(Size :    KB)    ”ハンハリーリバザール”入口を望む ハンハリーリバザールのお土産屋さんにて


 12.カイロ ”エル・ムアラッカ教会” を訪れる
 
 エル・ムアラッカ教会
 キリスト教会
 エジプト
 カイロ
 (撮影 2016.11.24)
 エル・ムアラッカ教会は、聖母マリアに捧げるために建立された4世紀のコプト教会です。バビロンの要塞跡に建てられ、コプト教地区で最古の教会です。
 現在の教会は9世紀に再建された建物で、14世紀まで総主教座として機能していたとのことです。

 教会内部にはエルサレムに入るイエス・キリストを表す木彫りを始め、様々なイコンが残されています。     (ウィキペディアより)
(Size :    KB)    エル・ムアラッカ教会を望む エル・ムアラッカ教会内部を望む









  悠久のエジプト周遊  ”エジプトの旅”(1)
 
1.ナイル川クルーズ ”川沿いの街並み”を望む
1.ナイル川クルーズ、”ナイルの夕陽”を望む
2.ナイル川、”帆船”を楽しむ
3.アスワンハイダムを望む (アスワン〜アブシンベル 飛行機より)
4.コムオンボ ”コムオンボ神殿”のレリーフを望む
 




  悠久のエジプト周遊  ”エジプトの旅”(2)
 
5.エドフ ”エドフ神殿”へは送迎用馬車で向かう
6.ナイル川クルーズ ”エスナ水門” を通過する
8.カイロ ”ハンハリーリバザール” にて
9.カイロ コプト教会 ”エル・ムアラッカ教会” にて




  悠久のエジプト周遊  ”エジプトの旅”(3)
 
10.カイロ ”考古学博物館” にて
10.カイロ ”考古学博物館” にて
  
  
  
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