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 海外で歩く! (第1集 No.3)
(2005.10)
  
戻る 203高地(旅順)を歩く & 水師営会見所 (中国 : 遼寧省旅順) 閉じる
 
 
  
  
 

   旅順は中国屈指の軍港があるため、見学地の制限、写真撮影禁止など規制があります。このため、大連市内でタクシーをチャーターし行ってきました。大連→旅順→203高地→水師営会見所のコースです。見どころは二百三高地。標高203メートルで日露戦争の天王山となったところで、砲弾型の慰霊塔があります。水師営会見所はロシア降伏後、乃木希典将軍とロシアの将軍ステッセルが会見を行った場所です、当時の写真、使用した茶器などが展示されていました。

  
  
  
  
  
203高地から旅順港を望む 日露戦争前の旅順港(水師営会見所 写真より
 
  
  
  
 1.旅順市内から203高地へ
  
  
    遊歩道の入り口では、野菜、豚肉(卸したて?贓物がそのままボールに入れられている)の露店がでている。その先には、果物、衣類、革製品と・・・、活気がある。野菜、果物類は良く売れている。日本の朝市と考えれば、同じであります。
  
  
  
  
  
 2.203高地
  
  
203高地の頂上には、「爾霊山(ニレイサン)」の記念碑が立っています。戦死者の霊を慰めるため乃木大将が203高地の名にちなんで名づけたという(乃木大将命名の「爾霊山」の文字が刻まれています)。また、駐車場から丘の上まで少し坂を登らなければならないので、駕籠屋がいて往復100元で運んでくれます。
  駐車場には、山頂までの駕籠屋さんがいます
爾霊山の碑   1985年7月11日に大連市の建てた石碑。
  
 
  
  
  
 3.大砲・銃器の展示
  
  
 頂上からは5km先の旅順の市街や港、日本軍が船を沈めて港を封鎖した幅300mの水路が良く見えます。ここから大砲をうてば旅順や港に停泊中の軍艦はひとたまりもなかったでしょう。
  
  
  
 山頂から反対側の風景です。昔日本軍が陣をひいた平野はこちら側とのことです。手前の丘には木がたくさん生えていますが戦争当時は1本もなく丘の上から丸見えだったとのことです。(機関銃を備えた丘の上のロシア軍に三八式の単発銃で下から立ち向かった日本軍に多大の戦死者が出たことはうなずけます。)
  
  
  
  
 4.水師営会見所
  
  
水師営とは海軍の駐屯地の意味で、ここにあった野戦病院で乃木大将とロシア軍のシュテッセル将軍が旅順開場の会談を行ったとのこと。今の建物は復元されたものであるが、会見用のテーブルとして使われた手術台が今も残っています。
  


      正面入り口より
会見所(1996年復元) 水師営会見所の碑(2枚に剥離)
  
 旅順攻撃に対するロシア側の降伏交渉が行われた場所です。当時の貴重な品、写真が保存・展示されています。
  
  
  
  
 5.水師営会見所(展示物)
  
  
担架として使われた板
     写真拡大
※当時の写真がたくさん展示してあります。写真を一枚一枚見て、今の戦争と平和について考えてみました。
<展示の写真です>
  
  
  
  最後に、この地区の観光はいろいろと制限されていますので、単独でまわるより、観光ツアーの方が安心して回れるのではないかと思います。初めての方はツアーでの観光をお薦めします。
  また、要所要所で楽しそうにシャッターを押してくれた大連のタクシーの運転手さんどうもありがとうございました。  (2005.10.30)
  
 看看大連の旅順mapより
  
  
  
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