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[画像] 中国  シルクロードの街 トルファン ”ベゼクルク千仏洞” を訪れる
  

  
  
  
  
 
 
  
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 1.中国 トルファン ”ベゼクリク千仏洞” を訪れる
 
     
 ベゼクリク千仏洞
 (べぜくりくせんぶつどう)
 トルファン仏教遺跡
 中国
 ウィグル自治区 トルファン市
(撮影 2017.06.25)
 ベゼクリク千仏洞は中国トルファン市高昌区の火焔山周辺にある5世紀から14世紀にまで遡る仏教石窟です。火焔山の下にある峡谷の絶壁の上に位置し、現存する洞窟は10世から13世紀頃のウイグル・カラ・コジャ王国にまで遡るとのことです。

 ベゼクリク千仏洞には77の石窟が存在しています。その大部分はしばしば四つの部分に分けられたアーチ状の天井を持つ長方形の空間になっており、それぞれに仏陀の壁画が描かれています。その効果は天上全体を数百の仏陀の壁画で覆っている。壁画の中には、インド人、ペルシア人、ヨーロッパ人などの様々な人物が大きく描かれたブッダを囲んでいる構図のものもあります。壁画の質は結構な差があり、芸術として稚拙なものもあれば、宗教絵画中の傑作といえるものもあるととのことです。    (ウィキペディアより)   
(Size :   KB) 新疆ウイグル自治区博物館を望む ベゼクリク千仏洞の様子です。各洞はドアで保護されています







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  【ベゼクリク千仏洞の壁画について】

  ベゼクリク千仏洞の壁画はかなりの損傷を負っています。損傷の多くは偶像崇拝を禁止するムスリムによるもので、特に壁画の目と口の部分が削り取られていることが多い。また地域住民によって他の理由で壁画が部分的に破壊されている場合もあります。1
 9世紀後半から20世紀前半にかけて、ヨーロッパ人や日本人の探検家が、完全な状態の壁画が砂に埋もれているのを発見しました。その多くは持ち去られ、世界中に散乱しました。最もよく保存された壁画のいくつかはアルベルト・フォン・ル・コックによってドイツに送られ、それらの中でも誓願図のような大きな壁画はベルリンの民族学博物館に完全に固定された状態で所蔵されました。そのため第二次世界大戦中、保護のために持ち出すことができず、連合国によるベルリン爆撃で博物館が被害に遭った際にそれらの壁画も破壊されてしまいました。他の壁画は今日でも、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館、日本の東京国立博物館、ロンドンの大英博物館、朝鮮やインドの国立博物館といった世界中の展示施設で見られます。      
(ウィキペディアより)
 
   
 







  お気に入り写真




手前より、ベゼクリク千仏洞、緑地帯の中を流れるムルトゥク川、そして正面は火焔山を望む






楼ベゼクリク千仏洞




ベゼクリク千仏洞、駐車場にて、後方の山は火焔山です






ベゼクリク千仏洞案内碑と火焔山を望む




ベゼクリク千仏洞への降り口です)






ベゼクリク千仏洞を望む




ベゼクリク千仏洞を望む






ベゼクリク千仏洞、窟の様子です。第16窟を望む






ベゼクリク千仏洞を望む。山から谷と状況が良くわかると思います






ベゼクリク千仏洞、ムルトゥク川の上流を望む。川沿いの崖に千仏洞が造られています




ベゼクリク千仏洞、窟の中の様子です(1)






新ベゼクリク千仏洞、窟の中の様子です(2)







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